法律(刑法)

詐欺罪㉜ ~「詐欺賭博に関する詐欺」を判例で解説~

詐欺賭博に関する詐欺

 詐欺罪(刑法246条)について、詐欺賭博に関する詐欺の判例を紹介します。

大審院判決(昭和9年6月11日)

 鹿追賭博の事案で、裁判官は、

  • 鹿追と称する詐欺賭博の方法により、金員騙取せんことを企て、相手方に対して、欺罔手段を施用し、その賭博に加入せんことを勧説したるときは、たとえ相手方が未だ錯誤に陥り、これに加入するに至らざりしとするも、既に詐欺罪の実行に着手したるものとす

と判示し、鹿追賭博の実行の着手時期は、被害者に詐欺賭博をやるよう勧めたときであるとした上、

  • 被告人らは、共謀してMを公園内に誘引したる上、Mに対して、欺罔手段を施用し、賭博に加入し、資産家の反対側に賭して勝を占しめんことを勧説したるものにして、その行為は、本件詐欺罪を構成する詐欺行為の実行の一部にほかならざるをもって、たとえMにおいて、未だ錯誤に陥り、賭博に加入するに至らず、従ってひそかに賭具の数を変えて、を取らしむるが如き策を施すまでに至らざりしとするも、既に詐欺未遂罪の実行に着手したるものというべく、予備の程度にとどまるものとなすを得ず
  • 然れば原判決が詐欺の未遂として刑法第250条第246条1項に問擬(もんぎ)したるは相当である

と判示し、詐欺未遂罪が成立するとしました。

最高裁判決(昭和26年5月8日)

 見物人には1の数字を書いた紙玉を多数の紙玉中に落し入れると称して金を賭けさせ、金を賭けた者が1の数字のある紙玉を拾い上げたときは賭け金の3倍相当をやり、もし他の数字のある紙を拾ったときは、その賭金は胴元の所得とするといういわゆるモミ賭博において、1の数字を書いた紙玉を実際には混入せず、巧に自分の手中で他の数字を書いた紙玉と取り替え、見物人には全く勝つ機会を失わせて賭金を取得した事案です。

 この判例で、裁判官は、モミ賭博による詐欺の実行の着手について、

  • 本件詐欺は、俗にモミと称する詐欺賭博によるものであって、見物人には1の数字を書いた紙玉を落し入れると称して金を賭けさせ、金を賭けたものが1の数字のある紙玉を拾い上げたときは賭金の3倍相当の金をやり、もし他の数字のある紙を拾うたときはその賭金は胴元の所得とするという方法であり、被告人においては、1の数字のある紙玉を「数他玉中に落して混ぜるように見せかけ、実際は混入せず巧に自分の手中で他の数字を書いた紙玉と取替え」るというのであるから、賭金した見物人には勝つ機会が全くないにかかわらず、その機会があるかのように欺罔して賭金を騙取するのである
  • 被告人の弁護人は、モミ賭博に手品が介在することは社会常識であるから詐欺にはならないと主張するが、かかる場合に客は手品に乗らないつもりで賭けても胴元の手品に引っかかるのであるから、やはり錯誤に陥った結果金銭を交付するのであって、詐欺の要件を具えていることはいうまでもない
  • 賭金した見物人には勝つ機会が全くないのにかかわらず、その機会があるように、盛んにその方法によって客に勝負をすすめ、被告人AとB、Cらは見物人の中に居て勝負するように見せかけて客を誘ういわゆるサクラの役をつとめ、被告人Dは見張となって戒の役をしていると見物人中のEことF(当時25年)がうまくだましの手に乗って勝負しようと決定したというのであるから、欺罔着手のあったことは極めて明白である
  • 旅行中の船客は多少の金銭を所有するのが普通であり、また他人から金銭を借りることもできたかも知れないのであるから、たまたまFが賭金に足りるだけの金銭を持つていなかったと仮定しても、金銭騙取という結果発生の可能性はあったのである
  • されば、詐欺の被害物件がないのに犯罪成立するものとした違法があるとの論旨(被告人の弁護人の主張)は理由がない

と判示し、

  • モミ賭博は詐欺罪となること
  • 客にモミ賭博の参加を勧めた時点で詐欺の実行の着手になること
  • 被害者が金銭を持っていなくても、他人から金を借りるなどして、金銭騙取という結果発生の可能性はあったのだから、モミ賭博による詐欺未遂罪が成立する

としました。

東京高裁判決(昭和30年6月9日)

 いわゆる「つかみどり丁半」の方法による賭博において、素人客は、その操作中に碁石1個を取り落し、奇数のはずの掌中の石数が偶数となっていることに気付かない場合が多いので、これを利用して賭金を取得しようと企て、被害者を誘引し親となった被害者が、案の定、奇数の碁石を掌中にかき集める際1個を取り落したのを見るや、その機に乗じて賭金を取得した行為について、詐欺罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 被告人は、A及びBと共謀の上、いわゆる「つかみどり丁半」の方法を利用した詐欺賭博において、勝負に際し、素人の客はとかくその操作の間に碁石1個を取り落とし、奇数であるべき掌中の石数が偶数となっていることに気付かぬ場合が多いので、その機会を狙い、一挙に被害者Cの相手方であるAの勝ちに帰せしめて、Cの賭金を取得することを企図し、Cを巧みに誘引して、被告人がCと組み、Aと勝負するものの如く見せかけて、ひそかに必勝の方法により、一応、格好だけはC側の勝ちに帰せしめ、Cをして必勝の確信を固めしめるに至ったが、案の定、最後に親となったCが碁盤の上から21個又は23個の奇数の碁石を掌中にかき集める際、内1個を取り落として気づかないのを看破するや、被告人はこの機に乗じて、被告人も金25万円を賭けるもののように装い、Cにも同額の現金を賭けさせて、予定どおり相手方Aの勝ちに帰せしめ、もって金員を取得した
  • すなわち、被告人らは、当初よりCが右のごとき錯誤に陥るべきことを予想し、しかも現実にその錯誤を利用してCの前記賭金を取得したというのであるから、詐欺の構成要件を具備していることはいうまでもない
  • なお、刑法246条第1項にいわゆる「財物の騙取」(*現行刑法では「人を欺いて財物を交付」)とは、詐欺の結果、他人の財物を握取する場合に限らず、犯人の自由に処分し得べき状態におくことを指称するものと解すべく、従って本件の25万円が勝負に先立ってCから被告人に手渡されていたとしても、勝負によってCの負けに帰し、ここに初めて金員が被告人らの自由に処分し得べき状態に置かれたのであるから、原審が右勝負に基づき被告人らにおいて、右金員をCから騙取した旨認定判示したのは当然である

と判示しました。

東京高裁判決(昭和32年12月25日)

 3枚のトランブ札を使用するいわゆる「トランプ返し」という方法で、万年筆売買を行う場合に、札自体にごまかしがあったり、3枚の札以外のかくし札があったりするものではないが、札を操作する被告人は、その操作に熟達し、大当り札をどこにおくかは、全く意のままであったときは、客は偶然の勝敗を争うつもりであったかも知れないが、被告人にとっては、この勝敗に偶然性はないから、それをいかにも射倖方法であるかのように偽って、万年筆買受代金名義で現金を提供せしめた行為は、詐欺罪を構成するとしました。

 裁判官は、

  • 賭博とは、2人以上の者が相互に財物を賭け、偶然の勝負によりその得喪を決める行為であることは多言を要しないところであるが、ここに勝負の偶然性は賭博に参加する当事者全員について存在しなければならないものであり、参加者のうちに偶然性のない者の存在する場合は、全面的に賭博行為は成立しないものといわねばならない
  • お客の側からすれば、お互いに単純な射倖方法として、偶然の勝負を争うつもりであったかもしれないが、少なくとも被告人としては、この勝負に偶然性はなく、自己の意思に従って必然的に勝負を決して得る状態であったものと認めなければならない
  • 換言せば、被告人としては、相手方に対しては、この方法が射倖方法であるように装いながら、内実は被告人の予定した勝負を自由に実現させる方法をその手段のうちに交え施し、しかも相手方に対しては、単純な射倖方法なりと誤信させて万年筆買受代金名義で現金を提供せしめたものであって、詐欺をもって目すべき筋合いのものであると考えられる

と判示しました。

名古屋高裁金沢支部判決(昭和34年11月10日)

 自己が優秀な技量を有し、素人相手では勝敗の決定に偶然性の支配する要素がほとんど認められないのに、この事実を秘し、技量拙劣な素人相手に花札賭博を行い、金員を得る行為について、詐欺罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 被告人Yが勝ちを制し得たのは、被告人Yの花札を使用する賭博技能の巧妙なる点と鋭敏なる勘とにより、自己の欲する月札を測定するにつき、極めて高い蓋然性ある的中率によるものであり、従って、賭博における勝敗の偶然性は、極めて稀薄あったから、通常人がかかる功者に対抗せんとするも、勝を制することはほとんど期待し難いわけである
  • 被告人Yの技量が右認定の如き場合、被害者K、被害者Gの如き技量拙劣な、いわゆる素人を相手として行う賭博においては、両者間には、単に技量上の巧拙の差が存するにすぎないとはいえ、相対的な技量の巧拙といえども、その差異極めて懸隔し、勝敗の決定に偶然性の支配する要素がほとんど認められない場合には、客観的に勝敗の帰趨は、明白であるといい得る
  • 被告人Yら共謀の上、被告人Yのかかる巧妙なる技量を有することを秘匿隠蔽し、よってかかる功者であることを知らぬ客の被害者K、被害者Gを誘引して金銭の得喪を争う賭博の形式のもとに、勝敗を決し、被告人Yが偶然に勝利を勝ち取ったものの如く誤信させたことは詐欺罪における欺罔手段たるを失わぬ
  • 被告人らの所為を詐欺罪に問擬(もんぎ)した原判決は正当である

と判示しました。

東京高裁判決(昭和56年3月12日)

 前ふた裏側に鏡を取りつけたシュウボックスを用い、配布するカードの数字を読み取り、カードの順序を不正に操作して配布する方法によって勝負を自由に左右し得るいかさまのバカラ賭博を行って、現金を詐取した事案です。

 この判例は、計画的な詐欺行為において、途中に欺罔行為の介在しない賭博が含まれていたとしても、これにより取得した金員は、その全額が詐欺罪による不正領得金に当たるとしました。

 裁判官は、

  • 本件不正賭博を長時間継続して行えば、到底、賭客において、最終的に勝てる見込みのないものであることが明らかである一方、すべての勝負に常に被告人ら開張者側が賭金を取得するとすれば、賭客からいかさまを行っていること容易に察知されるおそれもあるから、その間に正常な勝負も含まれることこそ、被告らにとっていかさまを隠蔽するためにかえって好都合であったといえるから、結局、正常な勝負をも含めて全体として被害者ごとに1個の詐欺賭博が行われたものとみて差し支えなく、しかも、勝負によって取得した金員と詐欺賭博によって領得した金員とを識別することができない点からも、被告人らの行為は、全体として違法性を帯びるものと認めるのが相当というべきであって、被告人ら取得した金額全額が詐欺罪による不法領得金というを妨げないものと解すべきである
  • それ故、被害者らが負担するに至った金5億7000万円の負け金のうち、同人らから現実に支払を受けた合計金1億9300万円全額について詐欺罪の成立を認めた原判決は正当である

と判示しました。