刑法(詐欺罪)

詐欺罪(60) ~財産上の損害②「財産的損害の存否を全く問題にせず、詐欺罪の成立を認めた判例」「『交付の判断の基礎となる重要な事項』という判断枠組みを提示して詐欺罪の成立を認めた判例」を解説~

 前回記事の続きです。

財産的損害の存否を全く問題にせず、詐欺罪の成立を認めた判例

 財産的損害の存在を全く問題にせず、詐欺罪の成立を認めた以下の判例があります。

最高裁決定(平成14年10月21日)

 他人になりすまして預金口座を開設し、銀行窓口係員から預金通帳の交付を受けた行為について、裁判官は、

  • 預金通帳は、それ自体として所得権の対象となり得るものであるにとどまらず、これを利用して預金の預入れ、払戻しを受けられるなどの財産的な価値を有するものと認められるから、他人名義で預金口座を開設し、それに伴って銀行から交付される場合であっても、詐欺罪が成立する

と判示し、財産的存在の存在を全く問題とせずに詐欺罪の成立を認めました。

最高裁決定(平成19年7月17日)

 第三者に譲渡する預金通帳とキャッシュカードを入手する目的で、口座を開設した事案で、裁判官は、

  • 預金契約に関する権利、通帳等の第三者への譲渡等を禁止する預金約款の下では、預金口座の開設、預金通帳及びキャッシュカードの交付を銀行員に申し込むことは、これを自分自身で利用する意思を表しているといえるから、預金通帳及びキャッシュカードを第三者に譲渡する意図を秘して上記申込みを行う行為は、人を欺く行為に当たり、これにより通帳等の交付を受ける行為は詐欺罪を構成する

と判示し、財産的存在の存在を全く問題とせずに詐欺罪の成立を認めました。

財産的損害の存否を全く問題にしない上、人を欺く行為につき 「交付の判断の基礎となる重要な事項」という判断枠組みを提示して詐欺罪の成立を認めた判例

 財産的損害の存否を全く問題にしない上、人を欺く行為につき 「交付の判断の基礎となる重要な事項」という判断枠組みを提示して詐欺罪の成立を認めた以下の判例があります。

最高裁決定(平成22年7月29日)

 搭乗券の交付を請求する者自身が、自ら航空機に搭乗するか否かは、航空機の運航の安全、到着国への不法入国の防止等の観点から、航空会社係員が搭乗券交付の可否を決する際の重要な事項であるから、交付された搭乗券によって他者を搭乗させる意図を秘して搭乗券の交付を請求する行為は、詐欺罪にいう人を欺く行為に当たり、詐欺罪を構成するとしました。

 事案は、中国人をカナダに不法入国させるため、自己に対する飛行機の搭乗券を他の者に渡す意図を秘して、搭乗券の交付を受けたというものです。

 裁判官は、

  • 搭乗券の交付を請求する者自身が航空機に搭乗するかどうかは、本件係員らにおいて、その交付の判断の基礎となる重要な事項であるというべきであるから、自己に対する搭乗券を他の者に渡してその者を搭乗させる意図であるのにこれを秘して、本件係員らに対してその搭乗券の交付を請求する行為は、詐欺罪にいう人を欺く行為にほかならず、これによりその交付を受けた行為が刑法246条1項の詐欺罪を構成することは明らかである

と判示し、財産的損害の存否を全く問題にしない上、人を欺く行為につき 「交付の判断の基礎となる重要な事項」という判断枠組みを提示して詐欺罪の成立を認めました。

最高裁判決(平成26年3月28日)

 長野県内のゴルフ倶楽部において、暴力団員の入場及び施設利用を禁止しているにもか
かわらず、暴力団員ではない旨の誓約書を提出して、入場して施設を利用した事案で、裁判官は、

  • 本件ゴルフ倶楽部では、暴力団員及びこれと交友関係のある者の入会を認めておらず、入会の際には「暴力団または暴力団員との交友関係がありますか」という項目を含むアンケートへの回答を求めるとともに、「私は、暴力団等とは一切関係ありません。また、暴力団関係者等を同伴・紹介して貴倶楽部に迷惑をお掛けするようなことはいたしません」と記載された誓約書に署名押印させた上、提出させていた
  • 入会の際に暴力団関係者の同伴、紹介をしない旨誓約していた本件ゴルフ倶楽部の会員であるAが同伴者の施設利用を申し込むこと自体、その同伴者が暴力団関係者でないことを保証する旨の意思を表している上、利用客が暴力団関係者かどうかは、本件ゴルフ倶楽部の従業員において施設利用の許否の判断の基礎となる重要な事項であるから、同伴者が暴力団関係者であるのにこれを申告せずに施設利用を申し込む行為は、その同伴者が暴力団関係者でないことを従業員に誤信させようとするものであり、詐欺罪にいう人を欺く行為にほかならず、これによって施設利用契約を成立させ、Aと意を通じた被告人において施設利用をした行為が刑法246条2項の詐欺罪を構成することは明らかである

と判示し、財産的損害の存否を全く問題にしない上、人を欺く行為につき 「交付の判断の基礎となる重要な事項」という判断枠組みを提示して詐欺罪の成立を認めました。

最高裁決定(平成26年4月7日)

 約款で暴力団員からの貯金の新規預入申込みを拒絶する旨定めている銀行の担当者に対し、暴力団員であるのに暴力団員でないことを表明、確約して口座開設等を申し込み通帳の交付を受けた行為について、裁判官は、

  • 政府は、平成19年6月、企業にとっては、社会的責任や企業防衛の観点から必要不可欠な要請であるなどとして「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」等を策定した
  • 銀行においては、従前より企業の社会的責任等の観点から行動憲章を定めて反社会的勢力との関係遮断に取り組んでいたところ、前記指針の策定を踏まえ、平成22年4月1日、貯金等共通規定等を改訂して、貯金は、預金者が暴力団員を含む反社会的勢力に該当しないなどの条件を満たす場合に限り、利用することができ、その条件を満たさない場合には、貯金の新規預入申込みを拒絶することとし、同年5月6日からは、申込者に対し、通常貯金等の新規申込み時に、暴力団員を含む反社会的勢力でないこと等の表明、確約を求めることとしていた
  • 被告人に応対した局員は、本件申込みの際、被告人に対し、申込書3枚目裏面の記述を指でなぞって示すなどの方法により、暴力団員等の反社会的勢力でないことを確認しており、その時点で、被告人が暴力団員だと分かっていれば、総合口座の開設や、総合口座通帳及びキャッシュカードの交付に応じることはなかった
  • 総合口座の開設並びにこれに伴う総合口座通帳及びキャッシュカードの交付を申し込む者が暴力団員を含む反社会的勢力であるかどうかは、本件局員らにおいてその交付の判断の基礎となる重要な事項であるというべきであるから、暴力団員である者が、自己が暴力団員でないことを表明、確約して上記申込みを行う行為は、詐欺罪にいう人を欺く行為に当たり、これにより総合口座通帳及びキャッシュカードの交付を受けた行為が刑法246条1項の詐欺罪を構成することは明らかである

と判示し、財産的損害の存否を全く問題にしない上、人を欺く行為につき 「交付の判断の基礎となる重要な事項」という判断枠組みを提示して詐欺罪の成立を認めました。

 上記判例の詐欺罪成立の判断において、あくまで被害は、交付した財産・財産上の利益の喪失にあります。

 財産喪失の被害に、実質的な法益侵害性があることを担保するのが、『交付の判断の基礎となる重要な事項』における重要性判断ということになります。

 『交付の判断の基礎となる重要な事項』の観点は、独立した構成要件要素と解するのではなく、詐欺の犯罪事実の認定に間接的に考慮されるものと解されます。

次回記事に続く

 次回記事で続きを書きます。

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