刑法(傷害罪)

傷害罪(11) ~傷害罪における違法性阻却②「懲戒権の行使(監督者による罰)の違法性阻却」を判例で解説~

 前回記事では、傷害罪において違法性阻却事由となりうる「私的領域における行為(家族内トラブル)」について説明しました。

 今回の記事では、傷害罪において違法性阻却事由となりうる「懲戒権の行使(監督者による罰)」について説明します。

傷害罪における違法性阻却事由(懲戒権の行使:監督者による罰)

 親権者、後見人による懲戒が、懲戒権(民法822条857条)の正当な範囲にとどまるかぎり、傷害罪は成立せず、罪となりません。

 学校の教師による生徒に対する懲戒も同様であり、学校教育法11条により生徒に対する体罰は禁止されています。

 親権者、教師などの懲戒権の正当な行使が、誤って程度を超え、傷害の結果に至った場合に傷害罪が成立するか否かが問題になります。

 結論として、懲戒権の行使が正当な場合は、基礎となる違法な暴行が存しないことから、傷害罪は成立せず、過失傷害罪が成立するに止まると解するのが多数説です。

 しかし、懲戒名目でなされた侵害行為が、懲戒行為としての社会的相当性の範囲を逸脱し、懲戒行為と評価しえない場合は、懲戒行為として違法性を阻却せず、傷害罪が成立し得ます。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(明治32年11月14日)

 この判例で、裁判官は、

  • 雇人を懲戒するの目的をもって、裸体となし屋外に立たしめたる上、凍死せしめたる所為は、暴行を加え、よって死に至らしたる者なるをもって、殴打致死罪(※現行の傷害致死罪)構成す

と判示し、社会的相当性の範囲を逸脱し、懲戒行為と評価しえない行為だとして、傷害致死罪の成立を認めました。

札幌高裁函館支部判決(昭和28年2月18日)

 この判例は、親権者による懲戒権の行使について判断した事例で、2歳余の病弱児を殴る行為について懲戒権の濫用であるとしました。

 まず、被告人の弁護人は、

  • 被告人の本件殴打の行為は、親としての一種の懲戒行為であるから違法性を欠く

と主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、

  • おおよそ親権を行うものは、その必要な範囲内で自らその子を懲戒することができるし、懲戒のためには、それが適宜な手段である場合には、打擲することも是認さるべきであるけれども、それにはおのづから一般社会観念上の制約もあり、殊にそれが子の監護教育に必要な範囲内でなければならない
  • 故に、もし親権者がその限界を越えていたづらに子を厄介視し、あるいはその時のわがまま気分から度を越えて子を殴打する等の残酷な行為をした場合は、それは親権の濫用であって親権喪失の事由たるばかりでなく、その暴行は暴行罪として、刑事上の責任を負はなければならない
  • 原審で取調べた証拠によると、被告人はその貰い子(未だ入籍していない養子)である満2才余になる病弱児Bに対し、平素充分な栄養を摂らせなかったし、Bは未だ歩行も出来ない状態でありながら飢えていると手を差しのべることさえあった
  • このような状態にある子に、しつけのためとか、矯正のためとかで打擲を加えることの、一般社会観念の許さない、殊に監護教育に必要な範囲を越脱した残酷な行為であることは明かである
  • されば、被告人の暴行の行為は、親の子に対する懲戒行為として違法を阻却すべきものでないことはもちろんのことで、原判決が暴行罪としてこれを処断したのは正当である

と判示し、本件行為は、親の子に対する懲戒行為とは認められず、違法性は阻却されないので、暴行罪が成立するとしました。

広島高裁判決(昭和28年12月9日)

 教師の生徒に対する懲戒行為に関する事案で、裁判官は、

  • 親権者や後見人等ならばともかく、何ら法的根拠を有しない第三者が他人の子供に対し、殴打等の暴行を加えることは、たとえそれが訓戒教育の目的にでたものであっても到底許されないものであることは、学校の校長、教員といえども、教育上必要の理由をもってしても体罰を加えることの許されないことに徴しても明らかであるといわなければならない(学校教育法11条参照)

と判示し、教師の生徒に対する暴行行為は、違法性を阻却しないとしました。

大阪高裁判決(昭和30年5月16日)

 この判例は、教師の生徒を殴った行為が、懲戒目的の殴打であっても違法であるとしました。

 裁判官は、

  • 教員たる各被告人が、学校教育上の必要に基づいて生徒に対してした懲戒行為であるから、刑法第208条を適用すべきではないと主張するけれども、学校教育法第11条は「校長及び教員は教育上必要があると認めるときは、監督官庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。但し、体罰を加えることはできない。」と規定しており、これを、基本的人権尊重を基調とし、暴力を否定する日本国憲法の趣旨及び右趣旨に則り、刑法暴行罪の規定を特に改めて刑を加重すると共に、これを非親告罪として被害者の私的処 分に任さないものとしたことなどに鑑みるときは、殴打のような暴行行為は、たとえ教育上必要があるとする懲戒行為としてでも、その理由によって犯罪の成立上違法性を阻却せしめるというような法意であるとは、とうてい解されないのである

と判示し、教師の正当に対する暴行行為は、懲戒行為として違法性を阻却せず、暴行罪及び傷害罪が成立するとしました。

教師の生徒に対する有形力の行使が、懲戒権の行使として正当であるとされた判例

 教師の生徒に対する有形力の行使が、懲戒権の行使として正当であるとされた判例もあるので紹介します。

福岡高裁宮崎支部判決(昭和47年11月30日)

 この判例で、裁判官は、

  • 学校教育法11条をもって、教師は、いかなる有形力をも加えることが許されないということができないのは当然であって、訓戒のため教員が児童の頭を平手で2回位軽く上から押えたにすぎない程度では、学校教育法11条にいう体罰に当たらない

としました。

東京高裁判決(昭和56年4月1日)

 この判例で、裁判官は、

  • 中学生に平手及び軽く握った右手拳で頭部を軽く叩くという軽度の有形力を行使するのは、学校教育法11条、同法施行規則13条によって認められた懲戒権の行使として正当である
  • 教育作用をしてその本来の機能と効果を教育の場で十分に発揮させるためには、懲戒の方法・形態としては単なる口頭の説教のみにとどまることなく、そのような方法・形態の懲戒によるだけでは微温的に過ぎて感銘力に欠け、生徒に訴える力に乏しいと認められる時は、教師は必要に応じ生徒に対し一定の限度内で有形力を行使することも許されてよい場合があることを認めるのでなければ、教育内容はいたずらに硬直化し、血の通わない形式的なものに堕して、実効的な生きた教育活動が阻害され、ないしは不可能になる虞れがあることも、これまた否定することができないのであるから、いやしくも有形力の行使と見られる外形をもった行為は学校教育上の懲戒行為としては一切許容されないとすることは、本来学校教育法の予想するところではないといわなければならない
  • 被告人の本件行為は、その有形力の行使にあたつていたずらに個人的感情に走らないようその抑制に配慮を巡らし、かつ、その行動の態様自体も教育的活動としての節度を失わず、また、行為の程度もいわば身体的説諭訓戒叱責として、口頭によるそれと同一視してよい程度の軽微な身体的侵害にとどまっているものと認められるのであるから、懲戒権の行使としての相当性の範囲を逸脱してAの身体に不当・不必要な害悪を加え、又は同人に肉体的苦痛を与え、体罰といえる程度にまで達していたとはいえず、同人としても受忍すべき限度内の侵害行為であつたといわなければならない
  • 関係証拠によって認められる本件の具体的状況のもとでは、被告人が許された裁量権の限界を著しく逸脱したものとは到底いえないので、結局、被告人の本件行為は、前述のように、外形的にはAの身体に対する有形力の行使ではあるけれども、学校教育法11条、同法施行規則13条により教師に認められた正当な懲戒権の行使として許容された限度内の行為と解するのが相当である。
  • 以上の次第であるから、Aに対して被告人がした本件行為は、刑法35条にいわゆる法令によりなされた正当な行為として違法性が阻却され、刑法208条の暴行罪は成立しない

としました。

 教育目的の懲戒行為について、安易な有形力の行使が許されないのは当然です。

 しかし他方で、教師には児童生徒の安全を保護すべき義務があるので、この目的にでた児童生徒に対する有形力の行使は不法なものといえません。

 この観点に関する判例として、以下の判例があります。

旭川地裁判決(昭和32年7月27日)

 この判例は、中学校助教諭が教室から逃げ出した生徒を追跡連行するなどの行為を正当業務行為と認定した事例です。

 裁判官は、

  • 中学校助教諭が教室から逃げ出した生徒を追跡し、手を引張って連れ戻そうとしたのは、学校教師として、まさに、なすべき正当の業務によるものであって、暴行罪の違法性を欠き、これによって、生徒がヒステリー発作を起こしても、被告人の責に帰せしめることはできない

と判示し、暴行罪は成立しないとして無罪を言い渡しました。

福岡高裁判決(昭和51年5月26日)

 学習塾の教師の懲戒行為につき、学習塾の教師は、親権者から包括的に委託を受けた範囲で塾生を懲戒できるが、その懲戒は、教育目的上必要にして不可欠のものであって、その手段、程度が健全な常識に照らし、社会的に相当な範囲をこえない場合に限られるとして、塾生を竹刀、錐等や手拳で殴打したり、足蹴にしたりしたのを違法としました。

次回記事に続く

 次回記事では、「治療行為」に関する違法性阻却について書きます。