前回の記事の続きです。
公務員職務濫用罪の事例
公務員職務濫用罪(刑法193条)の事例として、以下のものがあります。
犯罪捜査に関する事例
東京高裁決定(昭和28年7月14日)
犯罪捜査のために警察官が家屋の管理者の同意を得て、盗聴器を取り付け、秘かに隣室の談話を聴取した行為について、公務員職権濫用罪の成否が争われた事案です。
裁判所は、
- おおよそ犯罪の嫌疑がある場合には、その種類及び被害程度等の如何にかかわらず、その捜査に努むべきは当該司法警察職員の職権並びに職務に属し、その捜査の方法に関しては特に強制的処分に渉らず、また法の規制するところに従う限り、その捜査目的の達成に必要な処分をなすを妨げない
- 従ってこの処分の対象となる者は被疑者本人に限らず、当該事件の真相を探知して捜査目的を達成するに必要な関係に在る第三者もまたこれに包含せられるものと解すべきである
- 而して右聴取器の取付け及び使用は聴取せられるBらに対しては隠密裡になされたものではあるが、かえってそのために、前叙の様に、Bらの居室の内外にわたってこれを付着せしめて使用したものでもなく、また右取付及び使用については、家屋管理者の承諾を得たものであるから、捜査当局はこの聴取をもって敢えて強制的処分というに当らないものと考えていたことは記録によって明白である
- かくして右聴取は、右捜査目的を達成するに必要な範囲と限度とにおいて行なわれた限においては、たといそのために前記Bらの基本権等の行使に軽度の悪影響が与えられたとしても、それは右聴取行為に必然的に伴う結果であって、これを目して職権を濫用するものであるとすることはできない
- 本件において抗告人が問題としている刑法第193条の職権濫用罪が成立するためには、公務員がその職権を濫用して人をして義務のないことを行わしめ、又は行うべき権利を妨害したことを要するところ、本件においては右聴取のため何人も義務のないことを行わしめられた事実はないばかりでなく、また何人も行うべき権利を妨害せられていないことは記録に徴して明瞭である
- 何となれば、同条にいわゆる行うべき権利を妨害するとは、一定の権利が具体化し、それを現実に行使し得る具体的条件の備わった場合において、公務員が、その職務執行の具体的条件が備わらないにかかわらず、現実に右の権利行使を妨害することを意味するのであって、Bらの基本的人権に抽衆的に脅威若くは侵害を与えるにすぎない行為は未だもって右権利行使の妨害に該当することができないからである
- しかのみならず、右の職権濫用罪が成立するためには、行為者において職権濫用の認識があることを要するところ、本件において右聴取者に右の認識がなかったことは、右聴取行為の目的について前述したところ並びに記録に徴し明白であるから、たとい右脅威ないし侵害行為が右権利行使の妨害に該当するとしても、本件においては右職権濫用罪は、その主観的構成事実を欠くことのために、成立しないものといわなければならない
と判示し、公務員職権濫用罪の成立を否定しました。
福岡地裁決定(昭和46年3月17日)
勾留請求却下の裁判にあった後、右裁判に対する準抗告棄却決定があるまでの間約5時間にわたり被疑者A、Bの拘禁を継続した検察官の措置について、A、Bが検察官の措置は特別公務員職権濫用罪(刑法194条)に当たると主張し、付審判請求した事案です。
※ 付審判請求の説明は公務員職権濫用罪(10)の記事参照
裁判所は、
- A、B両名に対する勾留請求却下後のほぼ5時間にわたる前記拘禁継続の適否につき判断する
- おもうに被疑者に対する勾留請求却下の裁判に対し、検察官において準抗告の申立をなしうるものであることは、刑事訴訟法(以下、刑訴法という。)429条1項2号によって明らかであるが、勾留請求却下の裁判のあった後においてなお被疑者の拘禁しうるとする明確にして疑念をさしはさむ余地のない根拠規定がないものであることは、本件請求人ら主張のとおりである
- 刑訴法の諸規定が、被疑者に対する勾留の請求に関し、検察官に厳格な時間的制限を課している反面、勾留請求却下の裁判のあった後における被疑者の身柄の処置に関しては、同法207条2項において単に「直ちに被疑者の釈放」がなされるべきものである旨規定するのみで、この裁判に対する準抗告の申立があった際の被疑者の身柄の処置に関する明文の規定を欠いていることなどに徴すれば、「勾留請求後の被疑者の拘禁は、裁判官が勾留請求に対する審査判断を下すために認められた暫定的なものに過ぎず、したがって、勾留状が発せられたときは、以後この勾留状による拘禁が新たに開始され、一方、勾留請求却下の裁判がなされたときは、もはや被疑者を拘禁しておく根拠は完全に消滅し、検察官において直ちに被疑者を釈放すべき責務を負うに至る。」とする説も十分傾聴に値するものといわざるをえない
- しかしながら、飜って考えるに、被疑者に対する勾留請求却下の裁判に対し準抗告の申立をなすことが許される以上、刑訴法432条により準抗告に準用される同法424条により勾留請求却下の裁判の執行を停止することができるものと解するのが相当である
- なぜならば、勾留請求却下の裁判につきその執行を停止することができ、現に逃亡のおそれないし証拠隠滅のおそれのある被疑者について勾留請求が却下されたときは、これによって直ちに被疑者が釈放されてしまい、その後において、準抗告によりこの勾留請求却下の裁判の取消をえたとしても、もはや被疑者者の逃亡あるいは被疑者による証拠隠滅行為を防止しえざる事態に立ち至り、つまるところは、勾留請求却下の裁判に対し準抗告の申立を許した法の趣旨を全うしえないことも起りうるからである
- しかして、勾留請求却下の裁判に対し、準抗告の申立に伴い執行の停止をなしうるものと解する限り、その法の趣旨に照らし、刑訴法107条1項の規定にかかわらず、準抗告の申立を行うため必要と考えられる合理的時間内、および、準抗告の申立をした後においては、さらに、準抗告裁判所において勾留請求却下の裁判の執行停止を行うか否かに関し判断を示すために要すると考えられる合理的時間内は、検察官において適法に被疑者の拘禁を継続しうるものと解せざるをえない
- 被疑者Cおよび同Dは、前記のA、Bの両名に対する勾留請求につき却下の裁判がなされた旨告知されてから約2時間後にこれに対する準抗告および該裁判の執行停止の申立をなし、また、準抗告裁判所はこの申立のなされた約1時間40分後に抗告の申立を棄却する旨決定し、その後直ちに前記A、Bの両名について釈放の手続が取られ、拘禁を解かれるに至ったものであることは、さきに認定したとおりであるから、検察官において適法に被疑者の拘禁を継続しうる合理的時間内にあったものであること明らかである
- してみれば以上のとおり、被疑者Cおよび同Dにおいて、前記A、Bの両名について、勾留請求却下の裁判があった後約5時間にわたりその拘禁を継続した措置になんら違法の点は認められないのであるから、その余の点につき判断するまでもなく、右被疑者両名の前記A、Bの両名を拘禁した行為が刑法194条にいわゆる職権を濫用して人を逮捕、監禁する所為に該当せず、罪とならないものであること明らかであり、また、これを直接に指揮した被疑者Cはもとよりこれを指揮監督すべき地位にあった被疑者E、同Fの両名においてもこれにつき刑事責任を問われるべきいわれは全くないので、結局本件各被疑者につき「罪とならない」ものとして本件を不起訴処分に付した検察官の措置は相当であり、本件請求は理由がない
とし、特別公務員職権濫用罪に該当しない旨の判断をし、A、Bの付審判請求を却下しました。
京都地裁決定(昭和48年4月25日)
駅の構内で弁護活動に従事中の弁護士Bを鉄道営業法違反の疑いで同行した鉄道公安職員A (当時は公務員) の行為について、弁護士Bが、公務員特別職権濫用罪(刑法194条)に当たるとして付審判請求した事案で、任意同行の限界を越え違法な逮捕、監禁にあたり、嫌疑としては十分であるが、被害者の落度等を勘案した右公安職員に対する起訴猶予処分が相当とされた事例です。
裁判所は、
- 被疑者Aは、4号ホーム上で請求人に対し乗車券の呈示を求めたにもかかわらず請求人Bがこれを拒んだので、「鉄道営業法違反の疑いで調べたいので公安室まで来てほしい」と申し向けて請求人の連行を開始したというのであるが、当時請求人が鉄道営業法違反等の犯罪を犯していなかったことはすでに説示したとおりであるし、また、請求人が「国労弁護団」と墨書したタスキをかけていたことなどの当時の状況に照らすと、被疑者Aにおいて請求人Bに右犯罪の嫌疑があると疑うにつき相当の理由があったものとも認められない
- してみると、たとえ被疑者Aの意図したところが任意の同行であったとしても、それを求めたこと自体が疑問であるし、ましてその拘束の度合が前示のように逮捕と評価せざるを得ないとなると、被疑者Aの所為はその権限を大幅に逸脱したものというほかない
- 結局、被疑者Aの供述するところ(とくに当裁判所による取調べの際の供述)に照らしてみても、被疑者Aは、請求人を4号ホームから放逐するために、その職権を濫用して、安易に任意同行に藉ロして、前記逮捕、監禁行為に及んだものといわざるを得ない
とし、Aの行為が公務員特別職権濫用罪に当たるとする見解を示しつつも、
- 本件犯行の態様を具体的にみると、逮捕の方法もおおむね両脇から請求人の腕を抱え込み背後から押すといったもので、手錠を使用するなどしたものではなく、また、逮捕から監禁にわたる拘束も前記認定のとおり約3時間と比較的短時間であったということができる
- また、右犯行の発端をみるに、そもそも入場券を所持しないでプラットホーム内に立ち入った点において請求人Bに落度があったといわざるを得ないし、4号ホーム上における請求人Bの言動には、弁護士としていささかその節度を失したところが見受けられ、これらの請求人の言動がたまたま被疑者Aの本件犯行を誘発したものと認められる
- そして、これらの事実に、被疑者Aには何ら前科前歴がないこと、本件犯行後すでに約4年の月日が経過していることなどの事情を総合して判断すると、右前段において説示したところを考慮に入れても、なお被疑者Aを起訴猶予処分に付するのが相当である
とし、Bの付審判請求を退けました。
高松高裁決定(昭和58年11月18日)
告訴を受理しなかった検察官に職権濫用があるとはいえないとした事例です。
裁判所は、
- 本件告訴状のように、犯罪事実として記載された内容が不明確で特定されていない場合には、先ず告訴人か
ら事情を聴取して告訴の真意を確かめ、犯罪事実の補正を促すなどの必要があり、そのため告訴状を受け取った検察官等が、その受理手続を一事留保するのは、やむをえない措置として是認すべきである
- 本件告訴状についても、そのような措置をとるべきであるとして、その受理手続が直ちにとられなかったことが明らかである
- また本件告訴状には、既に時効完成のもの、窃盗罪の成立に疑問のあるものなど、当初から訴追の見込みのないものが混然一体をなして記載されており、これを除外して、直ちに捜査に着手できる程に特定された犯罪事実を取り出すことができない(申立人においても、本件告訴状の犯罪事実のうち、特定された事実がどれであるかについて、具体的に指摘していない)から、仮にこれを有効な告訴として正式に受理してみても、受理の当初から告訴人の協力がない限り捜査の進めようがないものであり、しかも告訴人が本件告訴状を補正しないと明示し、事情聴取にも応じないというのであるから、結局のところ、本件告訴状については、補正の見込みがなくなった時点において、捜査を開始する必要がなかったということに帰し、従って、これを受理しなかったとしても、本件経緯のもとにおいては、そのために告訴権の妨害という事態はありえないし、告訴を受理しなかった検察官に職権濫用があるということもない
とし、公務員職権濫用罪は成立しないとの見解を示しました。
大阪高裁決定(昭和59年12月14日)
告訴の不受理が公務員職権濫用罪に当たるとして付審判請求のあった事案について、明らかに犯罪が成立しないと認められる事実に関する告訴の不受理が公務員職権濫用罪に当たらないとされた事例です。
裁判所は、
- 一件記録によると、申立人は、昭和56年2月18日朝、自宅近くの阪急バス停留所からバスに乗り、宝塚市内の阪急電車逆瀬川駅前のバス停留所で下車した際、路上にあった石の上に左足が乗ったため、よろめいて左足を挫き、左足第五中足骨骨折の傷害を負ったのであるが、申立人としては、当時申立人の勤務していた株式会社〇〇の課長代行であったAが、その他の者と共謀して、申立人に傷害を負わせるため、バスの降車口に置石をしたものであるとして、同58年10月17日ころから同59年1月9日ころまでの間、4回にわたり、宝塚警察署所属の司法警察員らに対し口頭でAの取調べと処罰を求める申立をしたこと、しかしながら、右司法警察員らは、その申立の内容、供述態度のほか、Aに対する警察官の事情聴取の結果をも総合して、右申立は極めて不自然、不合理で刑事事件として立件することができないとして告訴受理の手続をとらず、同年1月9日ころ、当時宝塚警察署長であったBは、同署の司法警察員Cに対し、申立人の申立は告訴として受理せず、警務課の公聴事案として処理するよう指示し、結局、申立人の申立は傷害事件の告訴としては受理されなかったことが認められる
- そして、刑事訴訟法230条は、犯罪により害を被った者は、告訴をすることができる旨を定めているけれども、告訴権は犯罪捜査の端緒として認められていることから考えて、その申立の内容その他の資料から判断して、申立にかかる犯罪が成立しないことが明らかであるような場合には、申立を受けた検察官あるいは司法警察員において、告訴として受理することを拒むことができると解するのが相当である
- (省略)…申立人の司法警察員らに対する供述態度は一方的で信頼性が認められなかったことなどが認められ、これらの点を総合すると、申立にかかる犯罪が成立しないことが明らかな場合であるということができ、これを告訴として受理しないように指示したB署長の措置が職権濫用に当たるとはいえない
とし、告訴の不受理が公務員職権濫用罪に当たらないとしました。
警備・情報活動に関する事例
福岡高裁決定(昭和45年8月25日)
博多駅構内で警備にあたった多数の警察官らが共謀の上、学生らに対し階段から突きとばすなどの暴行を加え、強制的に所持品検査をしたことを被疑事実とする付審判請求について、ほぼ請求の内容に近い事実を認め、特別公務員暴行陵虐罪(刑法195条)、公務員職権濫用罪(刑法193条)が成立するとしながら、いずれも直接手を下した警察官を特定できないし、県警本部長をはじめとする警察側指揮者にも右各行為につき共謀があったことを認めるに足りる証拠はないとして付審判請求を棄却した事例です。
裁判所は、
- 本件請求にかかる被疑事実のうち、特別公務員暴行陵虐の点については、第一大隊第一中隊員(中隊長、小隊長を除く)中の、公務員職権濫用の点については、第ニ大隊第一中隊員および職質部隊第一小隊(A小隊)員(小隊長、分隊長、伝令を除く)中のそれぞれ誰かがその加害実行者であると認められるが、本件各被疑者がその加害実行者あるいはその共犯者であると認めるに足りる証拠がないので、結局本件各被疑者について犯罪の嫌疑不十分ということになり、「犯罪の嫌疑がない。」という理由で本件を不起訴処分に付した検察官の措置は結論において相当であり、本件各請求はその理由がないことに帰する
としました。
刑事事件の処理に関する事例
大阪高裁決定(昭和33年1月28日)
検察官の不起訴処分が公務員職権濫用罪に当たるとして付審判請求があった事案です。
裁判所は、
- 検察官は、国家機関として刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求する職務を有する(検察庁法第4条)ものであるが、当初から罪とならないものや、証拠不十分で犯罪の嫌疑なきものはもちろん、たとえ犯罪であっても犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる職務権限があるのである(刑事訴訟法第248条)
- そして犯罪による被害者は告訴権があり告訴することができるけれども、告訴があるからといって、検察官が常に必ず公訴を提起しなければならない義務を告訴権者に負うわけではない
- 検察官が告訴事件について捜査し、不起訴処分を相当と認め公訴を提起しなかったからといって、告訴人は被害者として国家権力により救済を受くべき憲法上の権利を妨害せられたとはいえない
- わが国法上検察官の不起訴処分に対してはその上司に対し監督権の発動を求めるか若しくは検察審査会に対しその処分の当否の審査を申立てるか(検察審査会法第30条)あるいは公務員の職権濫用罪に限り裁判所に対し事件を裁判所の審判に付することを請求し(刑事訴訟法第262条)得るにすぎないのである
- そして、この最後の場合も起訴便宜主義(同法第248条)の例外をなすものではなく、また刑法第193条の職権濫用罪は公務員が不法にその職権を行使し、他人を強制してその人の義務に属しない行為をなさしめ、若しくはその人の当然行うべき権利の行使を妨害する行為を処罰する規定であって、その人の権利行使を妨害しない以上、単にその人の不利益になったからとて職権濫用罪が成立するものではないのである
- 本件記録によると、抗告人はAらの詐欺及び偽証事件につき告訴し、その事件の捜査を担当した検察官Bが右事件を不起訴処分にしたことに対し不服であるとして、その上司に対し監督権の発動を促し、また検察審査会にもその処分の当否審査の申立をしたようであるが、抗告人の所期する結果が得られないので、更に担当検察官Bを公務員職権濫用、公文書毀棄、証拠隠滅事件として告訴し、不起訴処分となるや本件審判に付する請求をしたのであるが、その主眼は前記詐欺及び偽証事件を起訴してもらって、自己の民事訴訟を有利に展開解決せんとするところにあることが窺知されるのである
- そして、検察官Bが抗告人の告訴にかかる詐欺、偽証等の被疑事件につき不起訴処分にしたことは何ら抗告人の行うべき権利を妨害したことに当らぬのは既に説明したとおりであって、それ以外に刑法第193条にいわゆる行うべき権利を妨害したという抗告人の具体的権利については、その主張も証拠もないから本件審判請求は名を検察官の職権濫用に借りその実は検察官の不起訴処分に不服の申立をしているに過ぎないのであって、検察審査会に対し不起訴処分の当否審査の申立をするは格別、抗告人の主張自体が刑事訴訟法第262条に依拠して裁判所に付審判の請求をすることは許されない事案であるというのほかはないのである
とし、検察官のした不起訴処分について公務員職権濫用罪は成立しないとしました。