前回の記事の続きです。
被害者との間に親族の身分関係が存在しないのに、存在すると誤信した場合に、親族相盗例が適用されるか否かの考え方
行為者(犯人)が錯誤によって、被害者との間に親族の身分関係が存在しないのに、存在すると誤信した場合に、親族相盗例(刑法244条)は適用又は準用されるかという問題があります。
この問題については見解が分かれており、
- 親族関係についての錯誤は故意の成否とは無関係であって、親族関係が客観的に存在するか、しないかによって親族相盗例の適用の可否が決まる
- 親族の所有物であると誤信して他人の所有物を窃取した場合は、親族相盗例を準用して処断するのを相当とする
という見解があります(犯罪の故意の説明は前の記事参照)。
①の見解を採った判例・裁判例
①の見解である
親族関係についての錯誤は故意の成否とは無関係であって、親族関係が客観的に存在するか、しないかによって親族相盗例の適用の可否が決まる
という見解を採った判例・裁判例として以下のものがあります。
大審院判決(大正12年4月27日)
裁判所は、
- 原判決の認定せる事実を按ずるいに、被告Aは、Bと乙の父C所有山林の立木を盗伐せんことを共謀して、D所有山林立木を右C所有山林立木と誤認し、他人を雇使してこれを伐採搬出せしめて盗取したりというに在りて、その企図せる窃盗罪の対象たる物体は、自己の所有に非ざる他人所有に係る立木にして、その現に実行せる窃盗罪の対象たる物体も同じく他人所有に属する立木なること明なれば、その他人がCたるとDたるとを問わず、窃盗罪の成立可能なること論を俟たず
- たまたま当初C所有の立木を犯罪の目的とせるにかかわらず実行の際はD所有の立木をCの所有なりと誤認してこれに対して犯罪行為を遂行したるがために犯罪の故意を欠くものとしてその成立を阻却すべき理由存在せず
と判示しました。
この判決の判旨は、被害物件が親族Cの物であろうと、非親族Dの物であろうと、自己(犯人)以外の者の所有である限り、その所有関係の錯誤は窃盗罪の成否に影響を及ぼさないことを説いているものと解されています。
親告罪の要件たる事実に関する錯誤の場合についての判決です。
裁判所は、
- 故意は罪となるべき事実の認識をいうのであるから、事実の錯誤が故意を阻却する可能性のあるのは、その錯誤が罪となるべき事実について存する場合に限るのであり、刑法第38条第2項もまた右の場合に限って適用されるにとどまるのである
- しかして、窃取した財物が別居の親族の所有である場合においては、告訴を待ってその罪を論ずるだけのことであって、進んで窃盗罪の成立を阻却するものでないことは刑法第244条第1項が「第235条の罪及びその未遂罪を犯したる者」と規定していることからしても明らかであるから、窃盗罪の客体としてはその財物が他人の所有であるをもって足り、その他人が刑法第244条第1項所定の親族であるや否やは窃盗罪の成否に影響を及ぼすものではない従って、財物の所有者たる他人が別居の親族であるとの錯誤は窃盗罪の故意の成立を阻却するものではなく、この点については刑法第38条第2項もまた適用の余地がないのである
と判示し、窃盗罪の故意を阻却せず、また、親族相盗例が適用ないし準用されたいことを明らかにしました。
②の見解を採った裁判例
②の見解である
親族の所有物であると誤信して他人の所有物を窃取した場合は、親族相盗例を準用して処断するのを相当とする
という見解を採った裁判例として、以下のものがあります。
同居の親族の所有物であると誤信して他人の所有物を窃取した場合は、親族相盗の例に準じて処断するのを相当とすると判示した判決です。
被告人が同居する1親等の姻族の家からその親族の所有物と誤信して衣類を盗み出した事案について、裁判所は、
- 被告人は右衣類が同居親族の所有物であると誤信し、それが他人のものであることを知らないで窃取したことに帰着する
- 従って本件は刑法第38条第2項により重い普通窃盗としてこれを処断すべきではなく、畢竟親族相盗の例に準じて処断するのを相当とするにかかわらず、この点を看過した原判決は法令の適用を誤ったものというほかなく、論旨は理由がある
とし、原有罪判決を破棄自判し、刑の免除の言渡しをしました。
広島高裁岡山支部判決(昭和28年2月17日)
裁判所は、
- 本件電線が国の所有であって津山電報電話局の管理に属していたことまた被告人もこれを自己の所有物とは観念せず少なくとも自己以外の者である実父Aの所有に属するものと考えていたことは明らかであるから、本件についてはなお被告人の認識の限度内において、親族相盗の成立することを否定するわけにはゆかない
- とすると、本件公訴事実については親族相盗の成立を認め、刑法第244条第1項に従い刑の免除の言渡をなすべきものである
と判示しました。