前回の記事の続きです。
通常逮捕状の執行
通常逮捕状の被疑者に対する呈示と犯罪事実の告知
通常逮捕を行うことができるのは、
検察官、検察事務官、司法警察職員(司法警察員・司法巡査)
です(刑訴法199条1項)。
まず、通常逮捕状を執行するに当たり、逮捕状を被疑者に見せて、
「〇〇の犯罪事実で逮捕状が出てるから、あなたを逮捕します」
などと言って、
逮捕する必要があります。
この点について、覚醒剤取締法違反の被疑者に対し、逮捕状を示さずに逮捕した事案について、逮捕手続を違法と判断した上、違法な逮捕により得た証拠(被疑者の覚醒剤反応が出ている尿)の証拠能力を否定し、無罪判決を出した判例があります(最高裁判例 平成15年2月14日)。
通常逮捕状の緊急執行
捜査機関が、逮捕状を所持していないため、逮捕状を被疑者に示すことができない場合があります。
たとえば、職務質問を行った相手が、逮捕状が発付されている被疑者だったが、逮捕状が警察署内にあるため、逮捕状を被疑者に示した上で逮捕できない場合がこれに当たります。
このような場合、逮捕状が手元になく、逮捕状を被疑者に示すことができないが、急速を要する事情から、逮捕事実と逮捕状が出ていることを告げるだけで、被疑者を適法に逮捕することができます。
この逮捕手続を
逮捕状の緊急執行
逮捕状の緊急執行を行った場合は、すぐに逮捕状を取りに行き、できる限り速やかに逮捕状を被疑者に示さなければなりません(刑訴法73条3項ただし書き) 。
なお、逮捕状を取りに行って被疑者に示してから逮捕できる状況があったにもかかわらず、逮捕状の緊急執行をした場合は、違法と判断される可能性があります。
逮捕における実力行使の適法性
逮捕現場においては、被疑者が抵抗して、暴力行為に出る状況が大いに想定されます。
なので、逮捕しようとするときに、被疑者から抵抗を受けた場合は、警察官などの逮捕実行者は、
社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力行使
をすることができます。
たとえば、実力行使の内容として、
- 暴れる被疑者を地面に倒して抑えつける
- 刃物を持って切りつけきた被疑者に対し、警棒を振りかざして応戦する
などが考えられます。
警職法7条により、公務の執行にあたり、警察官が武器を使用することも認められています。
このような実力行使において、被疑者にケガをさせたとしても、正当業務行為として、違法性が阻却され、警察官などが傷害罪などの罪に問われることはありませ(刑法35条)。
この点については、最高裁判例(昭和50年4月3日)があり、裁判官は、
『現行犯逮捕をしようとする場合において、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしようとする者は、警察官であると私人であるとをとわず、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許され、たとえその実力の行使が刑罰法令に触れることがあるとしても、刑法35条により罰せられないものと解すべきである』
と判示しています。
この判例は、現行犯逮捕について述べていますが、通常逮捕、緊急逮捕でも同様の判断になると考えられます。
逮捕に伴い被疑者ではない第三者に強制力を行使することの是非
逮捕状の執行に際し、被疑者の仲間(逮捕状を執行する相手ではない第三者)が、極めて危険な手段による妨害に出る蓋然性が相当高度であると認められるときには、妨害予防のためにそれらの者に対して必要最小限度の強制力の行使が許されるとした裁判例があります。
東京地裁判決(昭和49年6月10日)
裁判所は、
- S警部によると、A逮捕までの間に、赤軍派の者全員の逃走を阻止し、前記のように、福ちゃん荘の外の庭に立たせて包囲した根拠は、 これらの者に対し、A逮捕に伴なう混乱を防止するために任意の協力を求め、全員がこれを了承したことである
- すなわち右措置は任意手段であるというとである
- しかし、寝ているところに踏み込んだり、逃げようとするのを阻止し、一人について二人の警察官が両脇からかかえるようにして外に出し、その周囲を多数の制服警察官が包囲した措置は逮捕に近い身柄拘束であって任意手段だとみることは到底困難だと思われるのみならず、警察官らによる協力要請の旨が赤軍派の者らに伝えられているか否かは疑問であり、仮に伝えられたとしても、不意をつかれ、混乱状況下にあった赤軍派の者らが、その趣旨を理解して、任意に協力したと認めることも不可能である
- しかし、だからといって弁護人主張のように、右身柄拘束の措置をただちに違法視してよいかは疑問である
- なぜならば、A逮捕に赴いた当時、A自身は、他の赤軍派の者らと行動を共にしており、本件以前に赤軍派は累次の過激な武力闘争を敢行している 前日の視察の結果、何か訓練をしているほか爆発物をもっているとの疑いもあったこと(爆発音の正体は結局不明であるが、弁護人が疑うように警察官らのでっち上げでないことは、Nの検察官に対する昭和44年11月25日付供述調書にもあることから 明らかである)などの情況からみて、警察官らにおいて、Aを逮捕しようとすれば、他の赤軍派の者らがこれを妨害し、爆発物等により不測の事態が発生するかもしれないとの懸念を抱くのは当然であって、現実に他の者による妨害がある以前においては、A以外の者に対し、一切強制力の行使は許されない、すなわち、事前に他の者による妨害の予防のための措置がとれないとするならば、このような場合、事実上逮捕状の執行は不可能ということになるからである
- もとより、法がこのような場合に、強制手段たる逮捕状による逮捕を断念すべきだとしているのでないことは明らかである
- 結局のところ、法は、通常逮捕状の執行に際し、本件の場合のように被疑者の仲間の者が、被疑者と行動を共にしており、逮捕の妨害、それも爆発物等を用いての極めて危険な手段による妨害に出る蓋然性が、相当高度であると認められるときには、その仲間の者に対しても、その妨害をあらかじめ予防するために必要な最少限度の強制力を行使することを、逮捕状による逮捕に随伴するやむをえないものとして許容している、すなわち、右のような強制力は、通常逮捕を強制手段として認めている法が、当然に予定しているものであると解するのが相当である
と判示しました。
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