委託物の処分が委託者本人のためになされたものであるときは、不法領得の意思が認められず、横領罪は成立しない
横領罪(刑法252条)において、委託物の処分が委託者本人のためになされたものであるときは、不法領得の意思が認められず、横領罪は成立しないというのが判例の立場です。
この点について、以下の最高裁判例があります。
A組合の組合長である被告人が、組合資金を、組合の総会と理事会の議決を経ず、定款
に違反して独断で組合員のために支出した事案で、裁判官は、
- A組合の組合長たる被告人が、貨物自動車営業に関して組合資金を支出したことが、被告人自身の利益を図る目的をもってなされたものと認めるべき資料はないばかりでなく、それが組合のためにもなされたものであることはこれを否定し得ない
- 右支出が、専ら本人たる組合自身のためになされたものと認められる場合には、被告人は不法領得の意思を欠くものであって、業務上横領罪を構成しないと解するのが相当である
と判示しました。
上記最高裁判例の事例のほかに、委託者のためになされた財産処分行為として、不法領得の意思が否定され、横領罪の成立が否定された事例として、次のものがあります。
① 住職が倒壊した庫裡建設の費用調達のため、寺院の所有する什物を買戻特約付きで売却した場合は、檀徒総代の同意や主務官庁の認可を得なぐとも、不法領得する意思に出たものとはいえないとしました(大審院判決 大正15年4月20日)。
② 信用購買組合やその組合員の公債証書を保管していた者が、組合の資金調達のために公債証書を銀行に担保として差し入れたのは、自身の債務のためにした横領行為ということはできないとしました(大審院判決 大正3年12月8日)。
③ 工場長が延滞していた給料を職工らに支払うため、雇主の所有物である商品をその売却相手に送付したものであれば、不法領得の意思はないとしました(大審院判決 大正15年11月26日)。
保管する金員の委託外の流用の場合でも、不法領得の意思が否定され、横領罪が成立しない場合がある
保管する金員の委託外の流用の事案で、不法領得の意思が否定され、横領罪は成立しないとされた例があります。
① 村長が、保管する村の公金に関し、指定外の村の経費であっても、村のためにする意思をもって流用したときは、不法領得の意思を実行したとはいえないとしました(大審院判決 大正3年6月27日)。
② 村長が、国や県に対する関係においてのみ、税金滞納者がないものと見せかける処理をするため、銀行から借り入れた村の公金を、滞納税金の立替支払のため国庫や県金庫に納付する行為は横領罪に当たらないとしました(大審院判決 昭和10年10月24日)。
③ 同族会社の取締役が、利益金を正規の手続を踏まず、重役会の協議のみに基づき、重役及びその家族である株主に配当したときは、不法に会社財産を領得しようとする意思があったとはいえないとしました(名古屋高裁判決 昭和27年8月25日)。
④ 会社の取締役等が、会社を挙げて運動をしていた社長の選挙費用として借り入れた借財の返済のため、会社財産を支出した場合、会社の利益のためにする意思で支出をしたものであって、不法領得の意思を欠くとしました(大阪高裁判決 昭和29年8月25日)。
⑤ 村長が、村のためにした立替金の返還に充てる趣旨で、一時借入金名目で村有金の中から内払を受けた場合には、不法領得の意思があったとはいえないとしました(東京高裁判決 昭和29年9月21日)。
⑥ 特定郵便局長が、自局の支払準備金の基準高に関する実績を作るため、貯金の払出高を増加させる手段として、郵便貯金に預入した自己振出しの小切手が決済されないうちに、郵便貯金法の規定に違反して、その小切手金額に相当する現金を保管中の公金から払い出し、その金員を自己振出小切手の決済資金に充てた場合、その行為が専ら自局における支払準備資金を増加させることにより、多額の預金の払戻請求にも即時応じることができるように貯金者の便宜を図り、ひいて郵便貯金を増加させ、郵便貯金事業の推進を図る目的でされたものと認められるときには、不法領得の意思を欠くとしました(大阪高裁判決 昭和45年4月22日)。
委託物の処分が委託者本人のためになされたものであっても、行為に違法がある場合は、不法領得の意思が認められる場合がある
占有者の処分行為が、違法な目的を有する場合や、禁令の趣旨に明らかに違反する場合に、それを根拠として不法領得の意思が認められ、横領罪が成立するとされる場合があります。
参考となる事例として、次のものがあります。
① 株式会社の取締役が、会社の目的外に会社財産を処分する行為は、その動機が会社に対する利益の打算に出たものであっても、 これをもって会社の目的に使用するものということができず、自己領得の意思を実行するものであるとしました(大審院判決 明治45年7月4日)。
② 町長が、収入役と共謀して、町の公金を町行政の公共事務に属しない費用に費消した場合は、自己の用途に費消したものにほかならないとしました(大審院判決 昭和9年12月12日)。
③ 村の農会会長が、正規の手続を経ないで、国等の玄米を売り渡したことにつき、村民救済のためであっても横領罪が成立するとしました(最高裁判決 昭和24年6月29日)。
④ 将来的には運輸省から払下げを受け得るものとして保管していた特殊物件を横領した事案で、裁判官は、
- 運輸省の発注品の資材として使用するにも、鉄道局の許可を得なければならなかったのであるから、運輸省や進駐軍への納入品の材料を入手するために、その見返りとして、その特殊物件を処分したとしても横領罪が成立する
としました(最高裁判決 昭和26年6月12日)。
⑤ 森林組合の組合長らが、保管方法と使途が限定され、転貸資金以外のいかなる用途にも絶対流用支出することができない性質の政府貸付金に関し、諸経費の支払に窮していた町からの要請に基づき、その町に貸し付けたことは、組合の業務執行機関である組合長らによって、組合名義で処理されたものであっても、不法領得の意思があると認められるとしました(最高裁判決 昭和34年2月13日)。
処分行為に違法な面があっても不法領得の意思が否定された事例
上記各判例とは反対に、処分行為に違法な面があっても、不法領得の意思が否定され、横領罪は成立しないとされた事例もあります。
① 県の住宅課長が、帳簿上で料理屋などに対する支払を水増しするなどの方法で支出した事案で、不法領得の意思を否定しました(大阪高裁判決 昭和31年5月24日)。
② 農業協同組合の会計係が、組合総会の決議を経ることなく、定款に背き、指定外の金融機関に組合の金銭を預け入れた事案で、不法領得の意思を否定しました(大阪高裁判決 昭和32年12月18日)。
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