横領行為で発生する損害に対する弁償・補填の意思があっても、横領罪は成立する
委託の趣旨に反して不法に目的物を処分した以上、弁償・補填する意思があっても横領罪の成立に影響を及ぼすことはありません。
この点について判示した以下の最高裁判例があります。
この判例で、裁判官は、
- 横領罪の成立に必要な不法領得の意思とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに、所有者でなければできないような処分をする意思をいうのであって、必ずしも占有者が自己の利益取得を意図することを必要とするものではなく、また、占有者において不法に処分したものを後日に補填する意志が行為当時にあったからとて、横領罪の成立を妨げるものでもない
と判示しました。
金銭については、確実に補填できるような場合には、横領罪が成立しないことがある
委託物の所有権を保護する横領罪の趣旨からして、その委託物を領得した時点で横領罪が成立し、その後の弁済の意図によって犯罪の成否が左右されないのは当然です。
物のほか、金銭についても、使途を特定して委託したものなどは委託者の所有となると解されるため、その委託された金銭を領得した時点で横領罪が成立し、その後の弁済の意図によって犯罪の成否は左右されないというのが基本的な考え方です。
しかし、金銭に関しては、価額に対する支配という性質が強く、確実に補填できるような場合には横領罪が成立しないという見解が有力です。
参考となる判例として、次のものがあります。
東京高裁判決(昭和31年8月9日)
依頼を受けて取り立てた金銭を費消したことが発覚した後に、親族によって弁償が行われた事案で、裁判官は、
と述べました。
とはいえ、金銭の委託の趣旨が、後日補填見込みでの一時流用を許さない趣旨である場合には、確実に補填できる場合であっても、その金銭を横領すれば、横領罪が成立することなると解されます。
参考となる判例として、次のものがあります。
大阪地裁判決(平成4年2月25日)
金銭の横領事案で、被告人側が、業者らの組合連合会の会計担当副会長が着服横領したとされる5回分については、一時的な借用で不法領得の意思がないと主張したのに対し、裁判官は、
- 同連合会には役員や組合員への融資制度はなく、流用に際して他の役員らが了承しておらず、同副会長の個人的な用途に充てるためのものであることから、後日返済する意思があっても不法領得の意思を否定することができない
- 一時流用が明示的又は黙示的に許容されているなどの特別の事情がある場合を除いては、一時流用する意図そのものが不法領得の意思といわざるを得ない
とし、一時流用が許されている特別な場合でなければ、後日補填するつもりの一時的な金銭の借用であっても、不法領得の意思が認められ、横領罪が成立するとしました。
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