刑法(横領罪)

横領罪(41) ~横領行為の類型②「二重売買(二重譲渡)による横領罪」「不動産の二重売買における買主の共犯性」を判例で解説~

 横領行為の類型は、

①売却、②二重売買(二重譲渡)、③贈与・交換、④担保供用、⑤債務の弁済への充当、⑥貸与、⑦会社財産の支出、⑧交換、⑨預金、預金の引出し・振替、⑩小切手の振出し・換金、⑪費消、⑫拐帯、⑬抑留、⑭着服、⑮搬出・帯出、⑯隠匿・毀棄、⑰共有物の占有者による独占

に分類できます。

 今回は、「②二重売買(二重譲渡)」について説明します。

二重売買(二重譲渡)による横領罪

 所有物を売却して対抗要件を経ないうちに、同一物を別の者に売却することを『ニ重売買(二重譲渡)』といいます。

 最初の譲渡で所有権は買主に移転し、売主は契約に基づき、引渡し登記移転の義務を有する他人の所有物を占有していることになるので、これを他者に売却することは横領罪になります。

 二重売買(二重譲渡)による横領罪の判例として、以下のものがあります。

【動産についての判例】

名古屋高裁判決(昭和29年2月25日)

 契約により所有権が既に政府に帰属した木炭を、末だ現実の引渡しを為さず、引き続き被告人の会社において占有保管中のものであったところ、その木炭を他に売却した事案で、裁判官は、

  • 被告人は、会社の機関として、その保管義務履行の責任があるのに、敢えてこれを他に二重売買したもので、横領罪を構成するはもちろんである

と判示しました。

【不動産についての判例】

大審院判決(明治44年2月3日)

 この判例で、裁判官は、

  • 売買により不動産の所有権買主に移転したるにかかわらず、登記簿上その所有名義が依然として売主(※犯人)に存するときは、不動産は売主(※犯人)において有効に処分し得べき状態にあるをもって、売主は刑法上、他人の不動産を占有するものとす

と判示し、不動産の二重売買において、不動産は犯人が占有にあるため、その不動産を更に第三者に売却した場合は、詐欺罪ではなく、横領罪が成立するとしました。

大審院判決(昭和7年3月11日)

 この判例で、裁判官は、

  • 既登記不動産につき、売買契約成立し、未だ所有権移転の登記を了せざる限り、当事者間その登記に要する書類の授受ありたると否とを問わず、売渡人が更にその不動産を第三者に売り渡すときは、横領罪を構成す

と判示しました。

最高裁判決(昭和30年12月26日)

 この判例で、裁判官は、

  • 不動産の所有権が売買によって買主に移転した場合、登記簿上の所有名義がなお売主にあるときは、売主は、その不動産を占有するものと解すべく、従って、いわゆる二重売買においては横領罪の成立が認められるとする趣旨は、大審院当時繰り返し判例として示されたところであり、この見解は今なお支持せられるべきものである
  • 本件について、被告人が山林をAに売却したのであるが、なお登記簿上被告人名義であるのを奇貨とし、右山林をさらにBに売却したというのであるから、原審が横領罪の成立を認めたのは相当であって、なんら誤りはない

と判示しました。

最高裁判決(昭和31年6月26日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人Bにおいて、不動産所有権がCにあることを知りながら、被告人Aのために二番抵当権を設定することは、それだけで横領罪が成立するものと認めなければならない

と判示しました。

最高裁判決(昭和33年10月8日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人が、本件不動産をAに二重売買をした当時は、既にその所有権は第一の買主Bに移転しておったものと認めるを相当とし、したがって被告人の本件所為を横領罪に問擬した第一審判決を是認した原判決は正当である

と判示しました。

最高裁判決(昭和34年3月13日)

 この判例で、裁判官は、

  • 不動産の所有権が売買によって買主に移転した場合、登記簿上の所有名義がなお売主にあるときは、売主はその不動産を占有するものと解すべきことは当裁判所の判例とするところである
  • この理は、本件の如く、当該不動産を買主に引渡し、買主においてその不動産につき事実上支配している場合であっても、異ならない
  • 蓋し、登記名義人である売主は、右不動産を引渡した後においても、第三者に対し有効に該不動産を処分し得べき状態にあるから、なお刑法上、他人の不動産を占有するものに該当するものといわねばならない
  • それ故、本件不動産を売却し、所有権を移転した後、未だその旨の登記を了しないことを奇貨として右不動産につき抵当権を設定しその旨の登記をした所為を横領罪とした一審判決を維持した原判決は正当である

と判示しました。

【補足説明】

 学説では、特に不動産に関し、第1の買主との間で単に売買の意思表示をしただけではなく、代金の支払や登記に必要な書類の授受等をしていない段階では横領罪は成立しないという見解が有力です。

 その理由としては、

  1. 代金が支払われるまでは、売主は同時履行の抗弁権によって所有権移転登記への協力を拒み得る地位にあるので、刑罰を用いて売主に対する意思表示の効力を保証しなければならないものか疑問がある
  2. 所有権移転の時期を代金の支払又は不動産の登記等の時点とする民法学説を前提として、横領罪もこの立場に基づき物の他人性を論ずべきである
  3. 代金の支払が行われていない時点では、買主の売主に対する信頼も弱く、買主は刑法上処罰に値する程度の所有権の実質を備えていない
  4. 大部分の代金の支払がなされていない場合は、買主が未だ保護に値する経済的利益を具備しているとはいえない
  5. 売買契約の締結や手付金の授受では物の他人性が完全ではない

などといった指摘がされています。

【参考】不動産の二重売買が詐欺罪とされた事例

 不動産の二重売買において、第2の買主に所有権移転登記を断念させるに足りる事情がありながら、第1の売買の存在を秘して、第2の買主に代金を交付させたことが詐欺になるとした以下の判例があります。

東京高裁判決(昭和48年11月20日)

 裁判官は、

  • 不動産の所有者が第一の買主との間に不動産の売買契約を締結し、権利証その他の登記申請に必要な書類を交付している場合において、右買主の登記未了を奇貨として、これを他に売却し、第ニの買主に所有権移転登記を経由させたときは、対抗力の取得を目的とする不動産取引の通例にかんがみ、第一の売買を告知しなかったことは第二の買主の買受行為との間に詐欺罪の予定する因果関係を欠くのを通常とするのである
  • (しかし、)本件のように第二の買主において、売買代金を交付し、不動産につき所有権移転請求権保全の仮登記を取得したが、いまだ所有権移転の本登記を取得しないうちに売買契約を解除するに至ったときは、右売買の経緯に照らし、第一の売買の存在およびその内容等が第二の買主の所有権移転登記の取得を断念させるに足りるもので、第二の買主が、もし事前にその事実を知ったならば、敢えて売買契約を結び、代金を交付することはなかったであろうと認めうる特段の事情がある限り、売主が第一の売買の存在を告知しなかったことは詐欺罪の内容たる欺罔行為として、第二の買主から交付させた代金につき詐欺罪の成立があるものと解するのが相当である

と判示し、第二の買主に対する詐欺罪の成立を認めました。

不動産の二重売買における買主の共犯性

 不動産のニ重売買において、第二の買主が不動産の所有関係について善意であった場合には、横領罪に加担する故意はないことから、刑法上の問題は生じません。

 ここで問題です。

 第二の買主が、二重売買の事実を知っていた上で、不動産を譲り受けた場合は、第二の買主に横領罪の共犯(共同正犯)は成立するでしょうか?

 結論として、

第二の買主が、二重売買の事実を知っていただけでは、横領罪の共犯とはならない

というのが答えになります。

 この点について、以下の判例があります。

最高裁判決(昭和31年6月26日)(前掲の判例)

 被告人Aが、被告人Bと共謀し、被告人Bが不動産に二番抵当権を設定した行為について、被告人AとBの両名が、横領罪の共犯として起訴された事案で、裁判官は、

  • 被告人Aが「前記の事実を良く知りながら」右所有権の移転登記を受けたとしても、これをもって直ちに横領の共犯と認めることはできない

と判示し、抵当権を設定した被告人Bに横領罪の成立を認めたものの、被告人Aに対しては「第二の譲受人が二重譲渡の事実を知っていたというだけでは横領罪の共犯とはならない」とする考え方を用いて、被告人Aに対しては、横領罪の成立を否定しました。

補足説明

 民法において、不動産の二重売買について、第二の買主は、登記を終了した以上、原則として、その善意・悪意を問わず、第一の買主に対して、自己の所有権取得を主張し、第一の買主の所有権取得を否認し得る法的地位を適法に取得し得る立場にあります。

 平たく言うと、不動産の二重売買は、悪意の者であっても、登記を先に行いさえすれば、不動産を適法に取得し、自己の権利を主張することができます。

 よって、上記判例で、被告人Aが、二重売買の事実を知りながら、所有権移転登記を受けた行為は、民事上は適法行為となります。

 そのため、被告人Aに対しては、横領罪の共犯という刑事責任を問う結論にならなかったものと考えられます。

背信的悪意者に対しては、横領罪の共犯が成立する場合がある

 上記のとおり、不動産の二重売買は、第二の買主が悪意者であっても、登記さえすれば、適法に不動産の権利を取得します。

 しかし、悪意者よりも更に悪質な、いわゆる「背信的悪意者」である第二の買主については、民法上保護されず、不動産の権利を取得することはできません。

 背信的悪意者は、民法177条の第三者から除外され、登記を経ていても、第一の買主に所有権取得を対抗することはできないことが判例で示されています(最高裁判決 昭和31年4月24日最高裁判決 昭和40年12月21日最高裁判決 昭和43年8月2日、なお、第二売買が公序良俗違反で無効であるとしたものとして最高裁判決 昭和36年4月27日)。

 なので、背信的悪意者は、法律上保護されず、不動産の二重売買について、背信的悪意者に対しては、横領罪が成立し得ると考えられます。

 背信的悪意者に対し、横領罪の共犯を認めた判例として、以下の判例があります。

福岡高裁判決(昭和47年11月22日)

 代物弁済により不動産を譲り受けた者の相続人Aに対し、その不動産の売却を申し入れたが断られたことから、登記名義人のままであった譲渡人の相続人Bに対して、あえてその不動産の購入を申し入れ、相続人Bが、父の代に譲り渡したものであることを理由に、これを拒んだにもかかわらず、法的知識に乏しく、経済的にも困窮していたその相続人Bに、執拗かつ言葉巧みに働きかけて、売買契約を成立させて、所有権移転登記を得たという事案で、裁判官は、

  • 経済取引上許容され得る範囲、手段を逸脱した刑法上違法な行為である

として、不動産の買主に対し、横領罪の共同正犯が成立するとしました。

次の記事

横領行為の類型の記事まとめ

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横領罪(41) ~横領行為の類型②「二重売買(二重譲渡)による横領罪」を判例で解説~

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横領罪(43) ~横領行為の類型④「担保供用による横領罪」「質権・抵当権・譲渡担保権の設定による横領」を判例で解説~

横領罪(44) ~横領行為の類型⑤「債務の弁済への充当による横領罪」「貸与による横領罪」を判例で解説~

横領罪(45) ~横領行為の類型⑥「会社財産の支出による横領罪」を判例で解説~

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