詐欺罪における「財物を交付させる」とは「相手方の錯誤に基づく財産的処分行為によって財物の占有を取得すること」である
詐欺罪(刑法249条)は、その条文に、『人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する』と規定します。
今回は、詐欺罪における「財物を交付させる」の意味について、詳しく説明します。
「財物を交付させる」とは、
相手方の錯誤に基づく財産的処分行為によって財物の占有を取得すること
をいいます。
「相手方の錯誤に基づく財産的処分行為」とは、「相手方が錯誤に陥って財物を交付した」という状態です。
そして、「相手方が錯誤に陥って財物を交付した」とは、
相手方が錯誤に陥った結果行った財産的処分行為に基づいて、財物の占有が行為者の側に移転したこと
を意味します。
財産的処分行為の有無は、詐欺罪と窃盗罪を区別する指標となる
詐欺被害者による財産的処分行為は、瑕疵のある任意性を要素とする詐欺罪と、単純な財物奪取罪である窃盗罪とを区別する指標(メルクマール)とされています。
詐欺被害者が、錯誤により、詐欺犯人に、自ら現金などの財産を差し出す行為(財産的処分行為)をすれば、詐欺罪が成立することになります。
これに対し、詐欺被害者が財産を差し出す行為をすることなく、詐欺犯人が、被害者の財産を奪い取ることをすれば、窃盗罪が成立することになります。
この点については、次の記事で詳しく解説します。
財産的処分行為をもっと詳しく解説
財産的処分行為(交付行為)は、
物・財産上の利益を相手方に移転させる行為
です。
財産的処分行為(交付行為)は、作為により占有を移転する場合のみならず、相手方が占有を移転することを阻止しない不作為の場合も含まれます。
財産的処分行為(交付行為)が完成するためには、交付行為により、物・財産上の利益は直接移転することが必要です(これを「直接性の要件」といいます)。
犯人が占有取得するに当たり、さらに相手方が占有移転行為を行う必要があるのであれば、財産的処分行為(交付行為)が完成したとはいえません。
このような場合には、「占有の移転」はなく、「占有の弛緩」が生じたにすぎず、占有移転行為が被害者(被欺罔者)の意思に反している場合には、窃盗罪が成立することになります。
詐欺罪の成立には、財産的処分行為が必要と判示した判例
最高裁判例においても、詐欺罪の成立には、財産的処分行為が必要と判示しています。
被害者を欺く行為をしても、被害者が財産的処分行為(交付行為)をしなければ、詐欺罪は成立しません。
この判例で、裁判官は、
- 第一審判決の確定する本件犯罪事実は、被告人は、りんごの仲買を業とするものであるが、Aに対し、りんご「国光」500箱を売り渡す契約(上越線a駅渡の約)をし、その代金62万5000円を受領しながら、履行期限が過ぎても、その履行をしなかったため、Aより再三の督促を受けるや、昭和23年4月11日その履行の意思のないのにAを五能線b駅に案内し、同駅でBをしてりんご422箱の貨車積を為さしめ、これに上越線a駅行の車標を挿入せしめ、「あたかも林檎500箱をa駅まで発送の手続を完了し、着荷を待つのみの如くAに示してその旨同人をして誤信させ、Aが安心して帰宅するやその履行を為さず、よりて債務の弁済を免れ、もって財産上不法の利益を得たものである」というのである
- しかしながら、刑法246条2項にいう「〔人を欺罔して〕財産上不法の利益を得、または他人をしてこれを得せしめたる」罪が成立するためには、他人を欺罔して錯誤に陥れ、その結果被欺罔者をして何らかの処分行為を為さしめ、それによって、自己又は第三者が財産上の利益を得たのでなければならない
- しかるに、右第一審判決の確定するところは、被告人の欺罔の結果、被害者Aは錯誤に陥り、「安心して帰宅」したというにすぎない
- 同人の側にいかなる処分行為があったかは、同判決の明確にしないところであるのみならず、右被欺罔者の行為により、被告人がどんな財産上の利益を得たかについても同判決の事実摘示において、何ら明らかにされてはいないのである
- 同判決は、「よりて債務の弁済を免れ」と判示するけれども、それが実質的に何を意味しているのか、不分明であるというのほかはない
- あるいは、同判決は、Aが、前記のように誤信した当然の結果として、その際、履行の督促をしなかったことを、同人の処分行為とみているのかもしれない
- しかし、すでに履行遅滞の状態にある債務者が、欺罔手段によって、一時債権者の督促を免れたからといって、ただそれだけのことでは、刑法246条2項にいう財産上の利益を
得たものということはできない - その際、債権者がもし欺罔されなかったとすれば、その督促、要求により、債務の全部または一部の履行、あるいは、これに代りまたはこれを担保すべき何らかの具体的措置が、ぜひとも行われざるをえなかったであろうといえるような、特段の情況が存在したのに、債権者が、債務者によって欺罔されたため、右のような何らか具体的措置を伴う督促、要求を行うことをしなかったような場合にはじめて、債務者は一時的にせよ右のような結果を免れたものとして、財産上の利益を得たものということができるのである
と判示し、財産的処分行為がないことを理由として詐欺罪の成立を認めず、審理不十分として、第一審の裁判所にもう一度審理(裁判)を行うように命じました。
この判例で、裁判官は、
- 第一審判決は、被告人A、同B、同C、同D、同Fの関係において、G所有の東京都目黒区ab丁目c番地の宅地につき、その登記簿に関する公正証書原本不実記載およびその行使の罪の成立を認めたほかに、右被告人らが右宅地を騙取したものとして、これを詐欺罪に問擬(もんぎ)しているのである
- しかしながら、第一審判決の判示するところによれば、被告人らは、共謀のうえ、前記Gの氏名を冒用し、簡易裁判所に内容虚偽の起訴前の和解の申立をして、和解調書を作成させ、これによって右宅地の所有権移転登記をしようと企て、被告人Dが右Gの身替りとなって、弁護士の面前で、被告人Aと右宅地に関する仮装の取引上の口論をし、同弁護士をして、被告人DがGであると信ぜしめたうえ、同弁護士を訴訟代理人とする旨のG名義の訴訟委任状等を偽造し、同弁護士をGの代理人として日下部簡易裁判所に出頭させて、起訴前の和解の申立をさせ、同裁判所の裁判官の前で被告人Aとの間で、右宅地の所有権移転登記手続をする旨の和解が成立した如く装い、同裁判官をしてその旨誤信させて、右和解条項を記載した和解調書を作成させ、次いで、右和解調書の正本を、登記官吏に登記原因を証する書面として提出し、Gから被告人Aへの右宅地の所有権移転登記手続をなさしめたというのである
- ところで、詐欺罪が成立するためには、被欺罔者が錯誤によってなんらかの財産的処分行為をすることを要すると解すべきところ、本件で被欺罔者とされている日下部簡易裁判所の裁判官は、起訴前の和解手続において出頭した当事者間に和解の合意が成立したものと認め、これを調書に記載せしめたに止まり、宅地の所有者に代わってこれを処分する旨の意思表示をしたものではない(この点裁判所を欺罔して勝訴判決をえ、これに基いて相手方から財物を取得するいわゆる訴訟詐欺とは異なるものと解すべきである)
- また、本件宅地の所有権移転登記も、所有者の意思に基かず、内容虚偽の前記和解調書によつて登記官吏を欺いた結果なされたものにすぎず、登記官吏には、不動産を処分する権限も地位もないのであるから、これらの被告人の行為によって、被告人らが宅地を騙取したものということはできない
と判示し、財産的処分行為はないので、詐欺罪は成立しないとしました。
この判例で、裁判官は、
- 被告人Aは、昭和28年8月29日大阪簡易裁判所において、裁判上の和解により、金融業B株式会社に対する金300万円の債務の存在を承認し、その担保として自己所有の大阪市a区b町c番地所在木造鉄板葺三階建家屋一棟を提供し、これに抵当権を設定し、その登記並びに代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記を経由したが、その後右債務を完済したので、同年12月2日右各登記は抹消され、右和解調書はその効力を失った
- そのため、かねて被告人Aに対し債権を有し、その担保として右不動産に対し後順位の抵当権の設定を受け、その登記並びに代物弁済予約を登記原因とする右家屋の所有権移転請求権保全の仮登記を経由していたCが一番抵当権者に昇格し、昭和30年4月25日その権利の実行として右不動産の所有権移転登記を了したうえ、同年5月9日右不動産の明渡の強制執行をしたので、右家屋はCの所有かつ占有するところとなった
- しかるに、被告人両名は他3名と共謀のうえ右家屋の奪回を企て、すでに右家屋は被告人Aの所有、占有を離れているのに、依然として同被告人が所有、占有しているかのように装い、同年11月18日ごろ大阪簡易裁判所に対し、すでに効力を失っている前記Bとの間の和解調書正本につき執行文付与の申請をし、同裁判所書記官補Dをその旨誤信させて執行文の付与を受けたうえ、同月26日ごろ大阪地方裁判所構内において同裁判所所属執行吏Eに対しても、前示各事実を秘して右執行文を提出し、右執行吏を右書記官補同様誤信させ、よってそのころ同執行吏をして右家屋に対する強制執行をなさしめ、Cの占有下にある同家屋をBの占有に移転させてこれをCから騙取した
- 詐欺罪が成立するためには、被欺罔者が錯誤によってなんらかの財産的処分行為をすることを要するのであり、被欺罔者と財産上の被害者とが同一人でない場合には、被欺罔者において被害者のためその財産を処分しうる権能または地位のあることを要するものと解すべきである
- これを本件についてみると、二番目の強制執行に用いられた債務名義の執行債務者は、あくまで被告人Aであつて、Cではないから、もとより右債務名義の効力がCに及ぶいわれはなく、したがって、本件で被欺罔者とされている裁判所書記官補および執行吏は、なんらCの財産である本件家屋を処分しうる権能も地位もなかったのであり、また、同人にかわって財産的処分行為をしたわけでもない
- してみると、被告人らの前記行為によって、被告人らが本件家屋を騙取したものということはできないから、前記第一審判決の判示事実は罪とならないものといわなければならない(もっとも、記録によれば、被告人両名はあらかじめCの占有に属する本件家屋に泊まりこみ、あたかも被告人らがこれを占有しているかのように装い、情を知らない執行吏をして同家屋に対するAの占有を解いて被告人らと意を通じたBに引き渡す旨の強制執行をなさしめたことがうかがわれ、右行為は、不動産の侵奪にあたることが考えられるけれども、昭和35年法律第83号による不動産侵奪罪制定以前のものであるから、同罪による刑事責任を問うこともできない。)
- そうすると、本件において詐欺罪の成立を認めた第一審判決は、法令の解釈適用を誤り、罪とならない事実について被告人両名を有罪とした違法があり、これを看過した原判決もまた違法といわなければならない
と判示し、財産的処分行為はないので、詐欺罪は成立しないとしました。
次回記事
次回記事で、今回の記事の続きとなる「財産的処分行為の有無は、詐欺罪と窃盗罪を区別する指標となる」ことについて詳しく解説します。