刑法(詐欺罪)

詐欺罪⑰ ~「誇張・虚構がある商品の広告・宣伝と詐欺罪の成否」「書画、骨とう品の取引における詐欺」を判例で解説~

誇張・虚構がある商品の広告・宣伝と詐欺罪の成否

 商品の広告・宣伝には、多少の誇張・虚構が認められているのが現実の社会です。

 しかし、誇張・虚構が度を超えると、

の犯罪に触れる可能性があります。

 さらに、誇張・虚構の広告・宣伝が、人を欺く行為に当たると認められれば、詐欺罪が成立します。

 どの程度の誇張・虚構の広告・宣伝が行われれば、それが人を欺く行為に当たり、詐欺罪が成立するかについては、判例を見て理解していくことになります。

① 誇張・虚構の広告・宣伝が詐欺罪には当たらないとした判例

大審院判決(大正8年3月27日)

 産物商品類の売買に当たり、その名称を偽っただけで、目的物の品質、価格等には変わりがなく、買主もその物の名称にはこだわらず、その物を実験し、自己の鑑識によって買い受けた行為について、詐欺罪には当たらないとしました。

 裁判官は、

  • 産物商品類を売買するに当たり、名称を変更し、その変更したる名称の物なるがごとく装いたりとするも、単にその名称を偽りたるにとどまり、目的物の品質、価格等に何らの影響なく、買主においても、その名称のいかんにかかわらず、その物を実験し、自己の鑑識をもって、これを買い受けたるものなるときは、名称の変更は買主の決意を左右したるものというを得ず
  • 従って、買主は売り主の詐欺手段によりて、錯誤に陥りたるものというを得ざれば、詐欺罪を構成せざるものとす

と判示しました。

大審院判決(昭和3年12月21日)

 医師の免許は持たないが、医術に関する知識を持つ者が、患者を診断して、適応する売薬を買い取らせた行為について、詐欺罪には当たらないとしました。

 裁判官は、

  • 医師の免許を有せざる者が、医術に関する知識を有し、患者を診断して、これに適応する売薬を買い取らしめ、又は、その知識なきも、真に医療をなす意図の下に同様の行為をなすにより、私に医業を行うにおいては、たとえ医師と詐称し、他人をして買い取らしめたる事実ありとするも、直ちに詐欺罪を構成するものというを得ず

と判示しました。

広島高裁松江支部判決(昭和25年6月2日)

 医術の知識を有するが、医師の免許を持たない者が、派遣医と詐称して、患者を診断しこれに適応する売薬を所定の代価で買い取らせた行為について、詐欺罪には当たらないとしました。

 裁判官は、

  • 被告人は、売薬の販売をなさんがため、わずか医療の知識経験を有することを奇貨とし、島根県衛生部又は保健所派遣の医師なるがごとく装い、患者を診察した上、その病状に適応すると思われる売薬を相手方をして買い取らしめたものであることを窮知するに十分であるかのような場合には、それが医師法31条違反の罪を構成するは別格、他に詐欺罪を構成しないものと解するを相当とする

と判示しました。

② 誇張・虚構の広告・宣伝が詐欺罪に当たるとした判例

 前提として、詐欺罪が成立する場合とは、

取引上の重要な事項に関して、具体的に人を錯誤に陥れる方策が講じられ、それが買主の購買意思の決定に影響を与えたような場合

であり、このような場合に、人を欺く行為があったとされ、詐欺罪が成立します。

 これを踏まえ、詐欺罪が成立するとした判例を見ていきましょう。

大審院判決(昭和6年11月26日)

 商人が、顧客の面前で、物品の効用について自ら実験したり、いわゆる「サクラ」を使ってその商品の効用が甚大で、世評、売行きがよく、各方面から注文がある旨虚構の事実を告げて、顧客に商品の価値判断を誤らせて買受けの決意をさせた事案で、詐欺罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 商人その他の営業者が、その商売上又は経営上において、誇大の形容語を用いて、その商品、または、業務を吹聴するは枚挙にいとまなき所にして、この事必ずしも欺罔行為となすに足らざるものなりといえども、かかる取引上において、いやしくも適当の方法をもって、その内容の虚実を究明することを得べき具体的の事実を虚構して、人をして物品の価値判断を誤らしめ、買受けの決意をなさしむる如きは、もとより欺罔手段なりとなすべきものにして、これを漠然として捕捉するに由なき誇大広告の類と同一視すべきにあらざるなり

と判示し、いわゆるサクラ商法について、詐欺罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和57年6月28日)

 自動車の充電用発電機に装着して、電動工具や照明器具の使用を可能にするカーマチツクと称する器具7台を、被害者に仕入れて購入させるため、被告人複数名が協力して、顧客を装って「これは便利ものだ」などと被害者の面前で言うなどして、被害者にカーマチツク7台を購入するかのように見せかけ、被害者にカーマチツク7台を仕入れさせ行為について(実際には、被告人は1台分しか購入しない)、詐欺罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • カーマチツク6台分については、購入する意思がないのに、あたかも「A工業の佐藤」又は「B電工の池上」と偽称した被告人において、これを購入するかのように装い、被害者をして、C産業からカーマチツク7台を仕入れれば、直ちに被告人らにおいて、これを購入してくれるものと誤信させたことを認めるに十分である
  • 被告人らの行為が極めて巧妙な詐欺の欺罔行為に当たることはいうまでもなく、被告人らの行為は注文行為にあたらず、商人間の取引として社会相当性のある行為であるとする論旨は到底採用の限りではない
  • もっとも、被告人がカーマチツク1台の購入を申し入れ、その代金を支払った行為は、それだけを見れば、もとより違法ということはできないが、これは、注文を受けた被害者をして、他の6台も被告人に購入してもらえるものと誤信させるための巧妙かつ効果的な手段であって、詐欺の欺罔行為の一部と認定した

と判示ました。

最高裁決定(昭和34年9月28日)

 電気器具の行商人である被告人が、医師又は知事指定の電気医療器販売業者であるかのように装い、一般に市販されているドル・バイブレーター(マッサージ器)を、特定の大学病院、県立病院だけで用いられ、一般には入手困難であり、中風小児麻痺に特効のある特殊治療器であると虚偽の事実を告げ、中風や小児麻痺により困惑している農民をだまして、その器具の貸付けと売却名義の下に金員を受け取った事案で、詐欺罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • たとえ相当価格の商品を提供したとしても、事実を告知するときは、相手方が金員を交付しないような場合において、ことさら商品の効能などにつき真実に反する誇大な事実を告知して相手方を誤信させ、金員の交付を受けた場合は、詐欺罪が成立する
  • そして本件のドル・バイブレーターが所論のようにD型で、その小売価格が2100円であったとしても、被告人は、虚構の事実を申し向けて誤信させ、ドル・バイブレーターの売買、保証金などの名義のもとに、現金の交付を受けたというのであるから、被告人の本件所為は詐欺罪を構成する

と判示しました。

東京高裁判決(昭和30年7月20日)

 衣料品行商の被告人が、合成繊維製生地の製造販売を業とする会社の宣伝部員で会社からナイロン生地の宣伝に来たもののように装い、携行の生地にはナイロンが含まれていないのにもかかわらず、ナイロン生地であるように申し偽るなどして、その生地を買い受けさせて代金を受領した行為について、詐欺罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 商人その他の営業者が、その業務に関し誇大の形容、表現を用いてその商品又は業務を吹聴するは、日常これを観るところであって、かくの如きは、必ずしも違法な行為であるとするには足りないが、かかる取引上においても、商品又は業務に関する具体的事実を虚構し、人をして物品の価値判断を誤まらしめ買受の決意を為さしめるが如きは、もとより違法な欺罔手段であるというべきであって、これを違法性のない商略的言辞と同一視することはできない
  • 被告人は、…携行の生地は、化学繊維製品でナイロンは含まれておらないのにかかわらず、ナイロン生地であるように装い、また、注文を受けても、後日、洋服を仕立てて送付する意思がないのにもかかわらず、これあるもののように装い、右生地はナイロン4割、毛3割、綿3割を含む会社の新製品で、未だ市販されていないものであるが、特に安価に販売する旨並びに、洋服仕立を注文すれば、後日、右生地で仕立てて送付する旨虚構の事実を申し向け、よって被害者をしてその旨誤信させて、右生地を買い受けさせ、又は右生地による洋服等の仕立方を注文させ、…金員を交付させて受領した事実が認められる
  • その行為は、…違法な欺罔行為により金員を騙取したものであって、詐欺罪を構成することはいうまでもなく、これをもって違法性なき商取引上のかけ引き、又は商人としての業務上正当の行為であるとすることはできない
  • また、民事上いわゆる過失相殺の観念はこれを刑事上の責任につき適用すべき限りではないから、仮りに、…被害者側に本件商品の価値判断を誤り、又は被告人の真意を誤信するにつき過失の認むべきものがあったとしても、右の錯誤が叙上の如く、被告人らの欺罔行為によって誘発されたものである以上、被告人らの詐欺の罪責には、何らの消長をも来さない

と判示し、詐欺罪の成立を認めました。

福岡高裁判決(昭和32年4月13日)

 いわゆるタタキ売りをして、真実は1割程度の値引きを、しかも手持ちの商品の交付によって行う意思であるにもかかわらず、サクラを使用して一般客においても5割以上値引きをしてもらえるものと誤信させ、高値でせり落とさせて代金を受領した行為について、詐欺罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 被告人は、割烹前掛、サロン前掛、オーバー等については、真打ち(※叩き売りをする人)がそれぞれ50円、30円、100円等と付け値して売り出し、多数の客が買うと一斉に手を挙げると、整理がつかないからとて一挙にその付け値を2,30倍の予想外に高い値段に吊り上げ、同値でも買う旨買受方を申し出た者に対し「買いぶりが気に入った、まけてやる」と言って、もとの付け値に値引きする等の方法を講じ、同様の方法を多数回繰り返し、客をして同所で販売される商品はすべて市場価格に比べて著しく安価であって、その買受方を申し出なかった者に対し、後悔羨望の念を生ぜしめ、買受客の競争心を不当にあおり立てた
  • 本件被害者も、たとえ商品につき、被告人の付け値である値段で買受方を申し出ても、右同様の値引きが行われ、少なくとも買値の5割以上の払い戻し、もしくは同等額の景品が付与されるものと信じ、もしそのような値引きを行う意思が被告人にないことが判明しておれば、買受方を申し出る意思のない事実を察知しながら、被告人はわずか1割程度の割引を、しかも手持ちの商品の交付によって行う意思であって、毫も客が信じている程度の値引きを行う意思を有しないのにかかわらず、被告人の作為により、客が買受値段につき錯誤に陥っている右の情勢に乗じ、「早い者が勝ちである」「買わずに後悔するな」「うんと値引きをする」等申し向け、本件被害者に対し、商品を売り出し、買受けの意思を表示させてこれを売りつけたものであること、そしてその値段は品質に照らし、市場価格に比べ予想外に高価で、その相当に高価な値段であることは、被告人においてもこれを認識していたものであることを認めるに十分である
  • 以上のような被告人の所為が、一般人の容易に看破することのできない詐術を施用し、客をして商品の売買値段の決定方法に関する判断を誤らせたものであることはいうまでもない
  • 少なくとも5割以上の値引きが行われるのでない限り、本件被害者に買受け意思のないことは、被告人もこれを察知していたのであるから、被告人に欺罔の意思がなかったと認べき余地はない

旨判示し、詐欺罪が成立するとしました。

大審院判例(大正2年2月3日)

 通常人では容易に看破することができない技巧を施してある偽物の指輪を、金製のように見誤らせ、これを質物として金員を交付させた行為について、詐欺罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 質屋の如き業務上相当の鑑識を有する者は、必ずしも相手方の言に信頼するものにあらず
  • 自己の判断に訴え、取引をなすは通例なりといども、通常人の鑑識をもってしては容易に観破し能わざる程度において技巧を施しある偽物の指輪を金製として実見せしむるが如き詐欺の方法を質屋に対して用い、その鑑識を誤らしめ、無価値の質物を価値あるものの如く判断せしめ、よりてこれを質物として金員を交付せしむるにおいては、詐欺罪の成立するや論をまたず

と判示しました。

書画、骨とう品の取引における詐欺

 書画、骨とう品の取引は、自己の鑑識に頼る目利き取引なので、売り手と買い手の相互の沈黙は当然のこととして許容されます。

 しかし、こうした取弓においても、その取引の重要な事項について積極的に事実を虚構する場合には、人を欺く行為に当たり、詐欺罪が成立します。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(大正2年12月12日)

 偽作の書画・骨とう品を、本物であると偽って売った行為について、詐欺罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 書画・骨とうの購買は、常に売主の言に信を置かず、買主がその鑑識に依頼して、これをなすものなりと断定することを得ざるのみならず、仮に買主において、その鑑識を利用して、これを購買したるものとするも、売主において、偽作物なるにかかわらず、これを真物なりと詐言して売却するにより、財物又は財産上不法の利益を得たるものとすれば、直ちに詐欺の罪を構成すべく、ほかに何ら特殊の欺罔手段を施用することを要せず

と判示し、偽物を本物であると偽る行為は、詐欺罪を構成するとしました。

大審院判決(昭和12年12月14日)

 模写の浮世絵を、その印章・署名の示す大家の作にかかる浮世絵、もしくは長い時代を経過した浮世絵のように装って売った行為について、詐欺罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 模写絵を、その印象・署名の示す大家の作にかかる浮世絵、もしくは永き時代を経過したる浮世絵の如く装い、偽造の印章・署名を使用して買主を欺き、代金の交付を受けるにおいては、詐欺罪を構成すべく、買主が浮世絵につき、鑑識を有すると否とは、詐欺罪の成立に影響なきものとす

と判示しました。

福岡高裁判決(昭和32年11月6日)

 骨とう品の売買において、素人の鑑識眼しかない買主に対し、骨とう品の出所・来歴を偽って売った行為について、詐欺罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 骨とう品の取引において、その出所自体に多大の信用並びに価値の付与されるものであることは、容易に窺知されることであるのみならず、特に諸大名出庫品であると否とは、これが買受意思決定に際し、極めて重要な要素を形成するものといわねばならない
  • 被害者は、島津家出庫品に間違いないものと誤信し、むしろ骨董的もしくは美術的価値そのものよりも、その出所・来歴に関する被告人の言動に重きを置いたため、本件取引に及んだものである
  • 被告人の手段たるや商品取引一般に許容される多少の宣伝的行為を逸脱したものである

と判示し、詐欺罪が成立するとしました。

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