刑法(詐欺罪)

詐欺罪② ~「脱税と公の証明・免許の付与を受ける行為は詐欺罪を構成しない」を判例で解説~

脱税は詐欺罪を構成しない

 人を欺く手段による脱税は、税法違反になることは別として、詐欺罪の定型性を欠くため、詐欺罪を構成しません。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(明治44年5月25日)

 登記官吏に不当な標準価格を申告して、登録税を免れた事案で、裁判官は、

  • 登記官吏は、その職権をもって登記申請者の申告したる課税標準の債格を調査し、 これに課税する権限を有するものなるをもって、不相当の標準債格を申告し、これによりて登録税の免脱を得たる行為ありとするも、刑法第246条第2項の罪を構成すべきものにあらず

と判示しました。

 分かりやすく言うと、登記官吏は、その職権をもって登記申請者の申告した課税標準の価格を調査し、これに課税する権限を有するのだから、登記申請者が不相当の標準価格を申告して登録税を脱税しても、詐欺罪を構成しないと判断したものです。

 理屈を説明すると、「登記官吏が自ら課税額を調査して決定した」という前提・建前なので、登記官吏が課税額の決定を誤ったという評価になり、登記申請者に欺罔されて税金を奪われたわけではない、よって、詐欺罪は成立せず、税法違反が成立するのみであるという考え方になります。

大審院判決(大正4年10月28日)

 関税の免脱について、裁判官は、

  • 関税法第75条2は、単に『関税の適脱を図り、又は、関税を逋脱したる者は』とあれども詐欺の手段をもって関税を逋脱したるときは、犯人がその結果として自己の財産上に不法の利益を得るは当然のことなれば、法律がかかる場合をも予想し、これを包括してー罪となし、同法条をもって処罰するの趣旨なること毫も疑をいれるべからず

と判示し、関税の免脱に対する詐欺罪の成立を否定しました。

東京地裁判決(昭和61年3月19日)

 この判例は、相続税を修正申告した者が、修正申告に係る相続税を免れるために、相続により多額の債務を負担したとの架空の事実に基づき減額更正請求をした事案について、詐欺未遂罪の成立を否定し、相続税のほ脱犯が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 申告納税制度においても、納税者の申告による納付税額の確定は、あくまで原則であり、納税者の申告がない場合、又はその申告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかった場合その他当該税額が税務署長の調査したところと異なる場合には、税務署長の処分により確定するものとしているのである
  • 申告による税額の確定は、その後の行政処分による確定がない場合の一応のものということができるのであって、いったん申告により納付すべき税額が確定し、一応具体的租税債権に転仁した後においても、不正行為によりその義務の履行を免れることにより租税収入の減少を来す場合には、法は、これをほ脱犯として処罰することを予定しているものと解すべきである
  • 納期限を徒過した後においても、虚偽の期限後申告、虚偽修正申告、収税官吏に対する虚偽申立てその他の不正行為を行い、その当時なお履行が期待されている租税債務について、正しい履行をしなかった時には、租税債権が侵害されたと認められ、ほ脱犯が成立するものと解されるが、申告等により納税額が確定した後、税の納付を免れる目的で内容虚偽の更正請求を行うなどの不正行為を行い、正しい履行をしなかった時にも、租税債権が侵害されたと認められるのであって、租税法の体系上、ほ脱犯として処罰することが予定されていると解される

と判示し、詐欺未遂罪は成立せず、相続税法違反が成立するとしました。

国(公務員)を欺いて公の証明・免許の付与を受ける行為は詐欺罪を構成しない

 国(公務員)を欺いて、公の証明・免許の付与を受ける行為は詐欺罪を構成しません。

 公の証明・免許として、詐欺罪を構成しないとした物として、

  • 村長の建物所有証明書(大審院判決 大正3年6月11日)
  • 印鑑証明書(大審院判決 大正12年7月14)
  • 旅券(パスポート)(大審院判決 昭和9年12月10日、最高裁判決 昭和27年12月25日
  • 米穀輸送証明書(福岡高裁判決 昭和30年5月19日)
  • 自動車運転免許証(高松地裁丸亀支部判決 昭和38年9月16日)

が挙げられます。

 国を欺いて、公の証明・免許の付与を受ける行為が詐欺罪を構成しないとされる理由は、その行為が、公の証明・免許の適正を害するものであり、財産的法益の侵害を本旨とするものではないためとされます。

 上記判例の内容は以下のとおりです。

福岡高裁判決(昭和30年5月19日)

 他人の氏名を冒用して、虚偽の転出事実を申し向けて、村役場で転出証明書を、食糧事務所で米穀輸送証明書の交付を受けた行為について、裁判官は、

  • 一定の文書がある内容を有するものとして財産犯の客体たりうるためには、その性質上、直接もしくは間接に、財産上の利益の処分に関係ある事項を含むものであることを要し、かかる事項を含まない文書は、たまたま所持者において、これを利用して財産上の利益を取得する場合があるとしても、その文書の取得自体は財産犯を構成しないものと解すべきである
  • 本件輸送証明書によって被告人は米穀につき財産上の利益を図るため、自己の希望する目的地へ輸送しうる形式上の地位を獲得したのであって、かかる地位は財産上の利益というに何ら妨げないものと認められるが、輸送証明書の内容は、本来米穀の輸送が正当なものであることを確認する旨の観念表示の文書であって、直接にも間接にも財産上の利益の処分に関係ある事項は全くこれを包含するところがない
  • かかる文書の不法取得によって侵害され、または侵害されるおそれのある利益は、専らその証明事項の真偽に係り、主要食糧の適正な流通の確保による国家行政上の利益であるから、かかる利益は刑法という財産上の利益には該当しない
  • したがって、本件米穀輸送証明書を欺罔手段によって取得しても、詐欺罪を構成することはないと解すべきである。転出証明書も同様である

旨判示して、詐欺罪の成立を否定しました。

高松地裁丸亀支部判決(昭和38年9月16日)

 公安委員会係員に対し、運転免許証を失くしたと嘘の申告をして、運転免許証1通の再交付を受けてだまし取った事案で、裁判官は、

  • (当時の)道路交通法第94条第3項が、免許を受けた者が免許証の再交付を受ける条件を、その亡失、滅失、汚損又は破損の場合に限定した趣旨は、免許を受けた者が交付を受ける免許証は、これを1通に限定し、もって道路交通取締の便益に資せんとする国家行政上の利益に基づくものである
  • それ故、かかる文書を発行過程において権限のある官庁から不法手段により取得することによって侵害されるおそれある利益は、免許証なる紙片そのものではなく、専ら前記交通取締の便益という国家行政上の利益であるから、かかる利益は刑法にいう財産上の利益に該当しない
  • 本件について、これを見るに、被告人において、事実免許証を亡失していないのに亡失した如く公安委員会に虚偽の申告をし、欺罔手段をもってその再交付を受けたとしても、それは(当時の)道路交通法第120条第1項第15号にいう「偽りその他不正の手段により免許証の交付を受け」る行為に該当するものとして、罰金刑を定めた同法条をもって門擬(もんぎ)されることあるは格別、詐欺罪を構成することはないと解する

と判示し、運転免許証の再交付に対して詐欺罪は成立しないとし、無罪を言い渡しました。

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