前回の記事の続きです。
現行犯逮捕とは?
1⃣ 「現に罪を行っている者」又は「現に罪を行い終わった者」を『現行犯人』といいます(刑訴法212条1項)。
そして、現行犯人を逮捕することを『現行犯逮捕』といいます。
現行犯逮捕の特徴は、
- 逮捕状なしで逮捕できること
- 誰でも(警察ではない一般人でも)逮捕できること
にあります(刑訴法213条)。
現行犯逮捕の例として、客が万引きをしたところを目撃したスーパーの店員が、客をその場で現行犯逮捕する場合があります。
なお、刑事手続では、一般人を「私人(しじん)」と呼びます。
2⃣ 現行犯逮捕は、憲法33条が、
- 何人(なんぴと)も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となってゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない
と規定しているとおり、令状主義の例外です(令状主義の例外の説明は令状主義とは?の記事参照)。
逮捕状なしで、私人でも逮捕行為ができる理由
現行犯逮捕が、逮捕状なしで私人でもできる理由は、
- 現行犯人は、逮捕者にとって犯罪と犯人が明白であるため、誤認逮捕のおそれがないこと
- 犯罪を制圧するなど、速やかに犯人を逮捕する必要性が高いこと
によります。
本来、逮捕は、強制捜査に分類されるので、令状(逮捕状)が必要です。
しかし、現行犯逮捕の場合は、令状主義の例外として、逮捕状なしで、しかも、私人でも犯人を逮捕できる法律の規定になっています。
軽微事件について、現行犯逮捕はできない
刑訴法217条に、
30万円以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪の現行犯
については、
- 犯人の住居もしくは氏名が明らかでない場合
- 犯人が逃亡するおそれがある場合
に限り、現行犯逮捕できるとする規定があります。
この意味は、犯人が犯した罪が、30万円以下の罰金に当たる比較的軽微な事件(たとえば軽犯罪法違反)であった場合は、現行犯逮捕できないということです。
ただし、比較的軽微な事件でも、犯人が、
- 住居不定
- 氏名不詳
- 逃亡するおそれがある
場合は、現行犯逮捕できる点がポイントです。
「現に罪を行い、又は現に罪を行い終わった者」の意義
- 現に罪を行い、又は現に罪を行い終わった者を現行犯人とする
と規定します。
「現に罪を行い」とは、
逮捕者の眼前において、犯人が特定の犯罪行為を行っている場合
をいいます。
例えば、
- スーパーにおいて万引きを目撃し、その場で犯人に声をかけて現行犯逮捕する場合
- 傷害事件を目撃し、その場で犯人を取り押さえて現行犯逮捕する場合
が挙げられます。
「現に罪を行い終わった者」とは、
特定の犯罪行為を終了した直後の者、あるいはそれに極めて接近した段階の者であって、そのことが逮捕者に明らかである場合
をいいます。
「現に罪を行い終わった者」に当たるか否かは、
- 時間的接着性
- 場所的接近性
- 犯行発覚の経緯
- 犯行現場の状況
- 犯人の追跡継続の有無
など事情を総合して、
- 犯行のあったことが生々しく現存している情況にあるかどうか
で判断すべきと解されています。
現行犯逮捕の要件
現行犯逮捕が認められるためには、犯人が現行犯人であることが必要です。
犯人が現行犯人であると認められるためには、
- 犯罪と犯人の明白性
- 犯罪の現行性(現に犯罪を行っている者に対し)、犯行と逮捕の時間的接着性(現に犯罪を行い終わった者に対し)
が必要になります。
① 犯人の明白性について
犯人の明白性について、犯人を追跡する者が途中で変わった場合でも、犯人の現行犯人性が認められることを示した最高裁判例(昭和50年4月3日)があります。
この判例の事案は、
密漁をして逃走する犯人の船を、まず、A船が現行犯人と認めて追跡し、その後、A船の依頼で、A船に代わり、B船が犯人を追跡して現行犯逮捕した
というものであり、現行犯人性が争われました。
裁判所は、追跡中の者から依頼を受けた次の追跡者が、犯人が現行犯人であることを知って逮捕する場合でも、
- 刑訴法213条に基づく適法な現行犯逮捕の行為であると認めることができる
と判示しました。
② 犯行と逮捕の時間的接着性について
1⃣ 「現に罪を行い終った者」とは、
- 犯行に極めて接着した時間的段階(判例は、おおむね30分ないし40分程度を適法とされる傾向にある)
で、
- 特定の犯罪を行った犯人であることがそれ以外の者と混同されることなく特定し得ると通常考えられる近接した場所(裁判例はおおむね200~300メートル程度を許容する傾向にある) にいる犯人
と解されています。
なお、現行犯人を逮捕の場合場合でも、通常逮捕と同様に、逮捕の必要性(罪証隠滅のおそれ又は逃亡のおそれ)が必要がある場合に限って現行犯逮捕することが許されます。
2⃣ 犯行と逮捕の時間的接着性について参考となる判例として、最高裁判例(昭和33年6月4日)があります。
裁判所は、
- 現行犯逮捕の点は、住居侵入の現場から約30メートル離れた所で逮捕したものではあるが、時間的には、住居侵入の直後、急報に接し、警察官が自転車で現場にかけつけ、右の地点において逮捕したものであるから、刑訴212条1項にいう「現に罪を行い終わった者」にあたる現行犯人の逮捕と認むべきである
と判示し、現行犯逮捕において、現行犯人と認めるには、時間的接着性が要件になることを示しました。
3⃣ 反対に、現行犯逮捕が認められなかった裁判例として、大阪高裁判決(昭和40年11月8日)があります。
この裁判例は、現行犯と認められないとし、違法逮捕による身柄拘束中に作成された被疑者の司法警察員に対する供述調書の証拠能力を否定した事例です。
裁判所は、
- Aは昭和38年8月30日午後8時40分頃、原判示映画館「三都座」において判示の様な被害(※公然わいせつの被害)を受けた後、同映画館を立出で、近くにある自宅に帰り夫に右事実を話し、相共に右映画館に引返し、犯人が未だ館内に居ることを確かめた上、係員に勧められて警察に通報し、右通報により同映画館前に赴いたS巡査が、折から同映画館より出て来た被告人を、Aの指示により、午後9時45分頃、現行犯人として逮捕したことが認められる
- この様な状況の下に行われた右現行犯逮捕は刑事訴訟法212条1項又は2項各号の要件を充足したものとは考えられないし、また緊急逮捕しうる案件でもないから、右現行犯逮捕は違法というべきであり、従ってこの違法逮捕による身柄拘束中に作成せられた被告人の司法警察員に対する供述調書は、違法に収集せられた証拠と解すべきものである
- 而して違法な手続により収集せられた証拠は、相手方においてこれを証拠とすることに異議のない場合でなければ証拠となし得ないと解すべきところ、本件においては、被告人が原審公判廷において右調書を証拠とすることに対し異議を述べていることは本件記録に徴し明かであるから、右調書は証拠能力なきものと解せざるを得ない
と判示しました。
4⃣ 犯人を逮捕のために犯行現場から継続して追跡した場合、場所的・時間的にも相当に経過していても、逮捕のための追跡が逮捕の着手と考えられるため、現行犯人と認められます。
東京高裁判決(昭和27年2月19日)は、すりの窃盗犯を約4.5キロメートル追跡して現行犯逮捕した行為について、現行犯逮捕を適法としています。
裁判所は、
- 現行犯人逮捕手続書の記載によれば、本件被害者Mは本件犯行直後その加害者たる被告人を追跡し、K菓子店前でも更に第三者に対して「すり」行為に及んだ被告人を逮捕したものであることが明らかであって、被告人に対する逮捕は、右第三者について現行犯人の逮捕たることはもとより、本件被害者についても現に罪を行い終わった現行犯人の逮捕と解すべきものである
- 本件犯行の現場からK菓子店前までが151尺(約4.5km)あるからとて、逮捕者の追跡が右のように継続している以上、該距離は、右判断の妨げとなるものではない
- 本件逮捕は、適法であり、右現行犯人逮捕手続書は、証拠能力を欠くものではない
と判示しました。
5⃣ 犯行現場からの継続した追跡があれば、途中で追跡者が代わってもよいです。
最高裁判決(昭和50年4月3日)は、漁業協同組合の漁業監視船A船が午後8時30分頃、あわびの密漁船を発見し、現行犯逮捕するため追跡したが、船足が遅く追跡が困難であったため、午後9時00分頃、付近にいたB船に事情を告げて追跡を依頼し、B船が約3時間あわびの密漁船を現行犯逮捕するため追跡を継続して逮捕した行為について、適法な現行犯逮捕であるとしました。
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