不法領得の意思とは?
窃盗罪(刑法235条)の条文は、
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する
というものです。
つまり、窃盗罪は、
が窃盗罪の成立要件(構成要件)の一つになるわけです。
ここでのポイントは、窃盗罪が成立するためには、他人の財物を窃取する行為のほかに、
不法領得の意思
が必要になることにあります。
他人の財物を窃取する行為をしても、その行為を行った動機に、不法領得の意思がなければ、窃盗罪は成立しません。
不法領得の意思とは、
権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思
をいいます。
分かりやすくいうと、
盗んだ物を自分のために利用して使う意思
のことです。
他人の財物を窃取する行為をしても、盗んだ物を自分のために利用して使う意思がなければ、窃盗罪は成立しません。
不法領得の意思とは、窃盗罪を成立させるための、主観的構成要件要素なのです。
このことは、判例でも示されています(大審院判例大正4.5.21、最高裁判例S26.7.13)。
※ 判例の内容は、前の記事を参照
不法領得の意思の存否が問題となった判例
不法領得の意思の存否が問題となり、窃盗罪が成立するかどうかが争点になった判例を紹介します。
仙台高裁判例(昭和62年2月3日)
債権回収の目的で、支払いがあれば返還する意思のもと、油圧ブレーカーを工事現場から無断で搬出して自己の支配下に置いた事案について、不法領得の意思を肯定し、窃盗罪の成立を認めました。
犯人の弁護人は、
- 窃盗罪の成立要件として、不法領得の意思を必要とすることは、判例上確立しているところである
- 不法領得の意思とは、他人の財物を、その人に対する自己の債権の代物弁済にあてる意思とか、支払いがないときは自己のために売却する意思など最終的処分を行うことが予測される場合を指すものと解すべきである
- 被告人には、油圧ブレーカーについて、代物弁済や売却処分を行う意思は全くなく、単に、他人の占有を排除して保管していたに過ぎないのに、原判決が、被告人に油圧ブレーカーの不法領得の意思があるとして窃盗罪の成立を認めたのは、法令の解釈・適用の誤りである
と述べ、被告人には、油圧ブレーカーに対する不法領得の意思がないから、窃盗罪は成立しないと主張しました。
これに対し、裁判官は、
- 窃盗罪が成立するには、不法領得の意思の存在が必要であることは、そのとおりである
- 不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様に、その経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思をいう(最高裁S26.7.13判決)のであり、しかも、不法領得の意思は、永久的に他人の物の経済的利益を保持する意思であることを要しない(最高裁S32.3.19判決)ことは、最高裁判所の判例とするところである
- 被告人は、被害者が不渡りにした手形金合計135万円の支払いに応じないため、工事に必要不可欠な油圧ブレーカーを被害者の意思を無視して、あえてその占有を侵奪したことは明らかである
- そればかりか、油圧ブレーカーを自己の支配下において金員の支払いと督促し、債権回収の実現ないし確実な保障を得るまでの不定期間、その物の利用できる権利を完全に排除して経済的価値の確保を意図したものである
- 支払いがないときは返還請求を拒否する意図に徴し、単なる保管意思でないことはもちろん、もともと占有侵奪の維持継続は保管とはいえないことも明白である
- 占有侵奪の維持継続自体も、不払い時の権利実行を終局的目的とするものであり、被告人の意図によれば、予定の法的手続を経て、自己のために売却処分する意思を有していたと認められる
- したがって、たとえ金員の支払いがあれば、油圧ブレーカーを返還する意思があったとしても、権利者排除し、油圧ブレーカーの経済的価値を排他的に取得する意思を有していたことを否定し得ないのであるから、被告人に不法領得の意思があったというほかない
旨を判示し、窃盗罪の成立を認めました。
福岡地裁小倉支部判例(昭和62年8月26日)
覚醒剤を取り扱っていた被害者に対して、覚醒剤を提出させて廃棄する意思で、その提出を迫って暴行脅迫を加えた事案について、覚醒剤を提出させたことに対しては、不法領得の意思がないとして、強盗罪の成立を否定しました。
なお、前記暴行脅迫に関する傷害罪は成立しています。
裁判官は、
- 強盗罪を含む領得罪の成立には、不法領得の意思、すなわち「権利者を排除して他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」の存在が必要である
- してみれば、領得後、自己らの用に供し、あるいは他に譲渡することなく廃棄するとの意思は、不法領得の意思に含まれないと解するのが相当である
- 本件全証拠を検討しても、被告人が、被害者に覚醒剤を出すように迫ったのは、廃棄する意思からであったというほかない
- そうしてみると、被告人の廃棄する意思をもってしては、被告人に覚醒剤に対する不法領得の意思があったということはできず、被告人に覚醒剤に対する強盗の責任を問うことはできない
旨を判示しました。
東京高裁判例(平成12年5月15日)
被告人が、長年交際があって別れたA子に対する怨念の気持から、
- A子が被告人の連絡先を記載したメモを持っているか確認したいとの動機から、A子を殴ってけがをさせた上でバッグを強取した強盗致傷罪
- 放火目的でA子経営の無人のスナックに侵入したものの、放火を断念した後、物取りの犯行を装うために、スナック店内から、現金入りの財布、ネックレス、指輪を持ち去った窃盗罪
の事案です。
この判例で、被告人が、上記のような動機で財物を奪取した点ついて、不法領得の意思を肯定し、強盗致傷罪と窃盗罪が成立するとしました。
裁判官は、
- 被告人に、A子が被告人の連絡先を記載したメモを持っているか確認したいとの考えがあったものと認められるが、そのような考えも、不法領得の意思に包括されるものといえるのであって、被告人に不法領得の意思があったとするのに妨げとならない
- 物取りを装うと考え、その意図を実現するのに相応しい金品を持ち出して、所有者の占有を奪っているのであるから、不法領得の意思があったというべきである
- 被告人には、犯行時点において不法領得の意思があったものと認められるのであって、犯行後に強奪・窃取した現金等について費消・売却等の処分をしていないからといって、不法領得の意思が否定されることにはならない
旨を判示しました。
大阪高裁判例(平成13年3月14日)
強姦目的で自動車内に監禁した女性が助けを呼ぶことを妨げる目的でかばんや携帯電話を取り上げ、その後、これらを川に投棄した事案について、不法領得の意思の存在を否定し、窃盗罪は成立しないとしました。
裁判官は、
- 被告人がかばんや携帯電話を取り上げた意図は、女性が携帯電話を使用して助けを呼ぶのを封じることや、かばんや携帯電話と取り上げることにより、女性に心理的圧迫を与え、姦淫に応じさせる手段とすることにあったと認められる
- 被告人自身が、かばんや携帯電話それ自体の価値を獲得したり、用法に従って使用したりする意思があったとはいえない
- よって、被告人に不法領得の意思を認めるには十分ではない
旨を述べ、窃盗罪の成立を否定しました。
なお、裁判官は、かばんや携帯電話機に対する窃盗罪は成立しないものの、器物損壊罪が成立すると判断しています。