前回の記事の続きです。
「配偶者、直系血族又は同居の親族」「前項に規定する親族以外の親族」とは?
親族間の犯罪に関する特例(親族相盗例)は、刑法244条に規定があり、
1項 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第235条の罪、第235条の2の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する
2項 前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない
3項 前二項の規定は、親族でない共犯については、適用しない
と規定されます。
この記事では、
- 1項の「配偶者、直系血族又は同居の親族」
- 2項の「前項に規定する親族以外の親族」
の意味について説明します。
「配偶者」「直系血族」「親族」の意義内容は、民法の定めるところによります。
「配偶者」とは?
1⃣ 「配偶者」には、内縁関係は含まれません。
この点を判示した以下の判例があります。
裁判所は、
- 刑法244条1項は、内縁の配偶者に適用又は類推適用されない
と判示しました。
2⃣ 戸籍上婚姻関係にあっても、継続的に夫婦生活を営む意思がなく、金員を詐取する手段として婚姻届を出したにすぎないような場合には、親族相盗例(刑法244条)の適用はありません。
この点を判示したのが以下の裁判例です。
戸籍簿上の夫が、妻に対して詐欺を行った事案で、その詐欺罪に親族相盗例(刑法244条、251条)の適用を否定した事例です。
裁判所は、
- 継続的に夫婦生活を営む意思がなく、金員を騙取する手段として婚姻届をしたに過ぎず、また相手方においても被告人の真意を知ったならば被告人と婚姻する意思がなかったと認められるときには、戸籍簿の外観上婚姻関係が存在するとしても、刑法251条、244条1項前段の適用はない
と判示しました。
「直系血族」とは?
この点につき、参考となる以下の判例があります。
大審院判決(明治25年2月1日)
旧刑法の親属不論罪の規定の横領罪への適用につき、裁判所は、
- 被告の実父Aは、その実家に復帰したるの故をもって戸籍上父子の関係は破滅したるが如くいうといえども、その父たり子たる天然上の関係においてはために破滅すべき道理あることなし
- 既にその関係の存する以上、戸籍上親族の関係を絶ちたるにかかわらず、原院において被告が以上の所為に対し刑法第398条、第377条を適用し、その罪を論ずべきものにあらずとなしたるは相当の判決なり
と判示し、法定血族関係がなくなっても、自然血族関係があるのであれば、親族相盗例が適用される旨の判断をしました。
特別養子縁組と親族相盗例の適用の関係
まず、特別養子縁組と養子縁組の違いを説明します。
特別養子縁組と養子縁組の違いは、実親との親子関係が継続するかどうかです。
特別養子縁組では、実親との関係が完全に終了し、養親とのみ親子関係が成立します。
一方、養子縁組では、実親との関係が残ったまま、新たに養親との親子関係が成立します。
上記のとおり、特別養子制度の下では特別養子縁組の成立により、縁組成立の時から特別養子と実方の父母との親子関係が終了します(民法817条の9)。
よって、親族相盗例(刑法244条)の適用上も特別養子の実方の父母等は親族ではないことになります。
したがって、特別養子縁組に入った子が、実方の父母等を相手に窃盗をした場合は、親族相盗例の適用はありません。
「同居の親族」とは?
「同居の親族」とは、
事実上同じ住居のもとで日常生活を共にしている親族
をいいます。
同じ家屋に居住していても、
- 家屋の一室を賃借し、物資の受配、炊事、起居を別にして生活している場合(東京高裁判決 昭和26年10月3日)
- 一時宿泊したにすぎない者(札幌高裁判決 昭和28年8月24日)
- 少年刑務所を出所して本籍地の実兄(被害者)方に居住していたが、10日後に家出し、約一週間後にいったん帰宅した後、上京して住居不定になった場合(東京高裁判決 昭和32年9月12日)
は、 同居の親族に当たらず、親族相盗例の適用はされないとした裁判例があります。
反対に、
- アパートの一室において従兄弟と同居していた被告人が、別の罪を犯し、逮捕を免れるためアパートから逃げ出し、その逃避行中、その居室に立ち寄り、自己所有の物品を持ち出すとともに従兄弟所有の金品を窃取した場合において、右窃盗犯行時までの逃避期間が3 日にすぎず、被告人所有の物品が右犯行時まで右居室に置かれたままであり、被告人において、右居室に立ち戻った際、同所から退去することを確定的に決断し、従兄弟においても、右犯行当時、被告人が無断外泊しており早晩帰室するものと理解し、これを受け入れる意思であったときは、被告人と従兄弟との同居関係は、右犯行の時点においては、いまだ解消していないと解する
とし、親族相盗例が適用される、窃盗罪は刑は免除されるとした裁判例があります(札幌高裁判決 昭和54年4月27日)。
「親族」の範囲(直系血族を除く6親等内の血族、3親等内の姻族)
1⃣ 「同居の親族」の「親族」の範囲は、民法725条によると、6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族とされていますが、刑法244条1項の条文では、「直系血族」と「配偶者」が別に掲げられているから、結局、
を指すことになります。
2⃣ 関係者が外国人である場合には、親族関係の有無は、その者の母国法を考慮して決定されます。
この点に関する以下の裁判例があります。
大阪高裁判決(昭和29年5月4日)
犯人及び被害者の双方が外国(韓国)人の事例で、母方の再従兄弟の関係にある場合につき、裁判所は、
- 旧法例22条により、親族の範囲その他の親族関係は、それらの者の本国法により定められるところ、同法によると、母方の再従兄弟を親族の範囲から除外する慣習によることとされているから、刑法244条は適用されない
としました。
日本人である犯人が、叔母の夫で自己と同居している中国人(所有者であり、かつ占有者である)の財物を窃取した事案です。
裁判所は、
- 旧法例22条の趣旨を勘案し、我が民法の3親等の姻族に該当する中国人は、中国民法によっても親族とされているから、被害者は、刑法244条の適用を受ける親族である
としました。
親族関係の身分は、犯行の時に存在することが必要である
親族関係の身分は、犯行の時に存在することが必要です。
親族関係の身分は犯行時に存在すれば足り、その後消滅しても、刑法244条の適用を妨げません。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(大正13年12月24日)
親族相盗例(刑法244条、251条)に係る恐喝罪(刑法249条)の事案で、裁判所は、
と判示しました。
逆に、犯行後に親族になっても、刑法244条の適用はありません。
特殊な事例として、継親子関係を規定した旧民法728条により、窃盗の被害者と犯人とが叔父・甥(被害者が犯人の継母の弟)という親族関係にあっても、新民法の施行とともにこの関係は消滅しているので、刑法244条の適用はないとした裁判例があります(東京高裁判決 昭和25年4月4日)。
「前項に規定する親族以外の親族」とは?
刑法244条2項の「前項に規定する親族以外の親族」とは、
「親族」の中から、刑法244条1項にある「配偶者」、「直系血族」、「同居の親族」を除いた者
をいいます。
具体的には、
が該当します。