刑法(総論)

占有の帰属とは?① ~「財物が組織体(上位機関と下位機関)によって管理されている場合の占有」を判例で解説~

占有の帰属とは?

 『占有の帰属』とは、

財物の事実上の支配が誰にあるか

を考える概念です。

 『占有の帰属』の考え方は、犯罪事実を構成する際に活用されます。

 窃盗罪、強盗罪などの他人の財物を奪う罪の犯罪事実を構成するにあたり、被害品となった財物の占有(管理)が誰にあるかを特定する必要があります。

 たとえば、スーパーでの万引き事件(窃盗罪)の犯罪事実を構成するときに、

  • 被疑者は、令和3年10月17日、東京都内のスーパーにおいて、●●が管理するパン1個を窃取したものである

という犯罪事実を構成することになります。

 この時に、●●の部分を埋めて、被害品であるパンの占有が誰に帰属するのか(誰が管理しているパンが盗まれたのか)を特定する必要があります。

 この場合、通常、被害品のパンの占有者(管理者)は、スーパーの店長になるので、犯罪事実は、

  • 被疑者は、令和3年10月17日、東京都内のスーパーにおいて、スーパー店長Aが管理するパン1個を窃取したものである

と構成されることになります。

 このように、『占有の帰属』という概念は、窃盗罪、強盗罪などの他人の財物を奪う罪の犯罪事実を構成するにあたり必要になる概念です。

財物が組織体によって管理されている場合の占有者

 財物が、会社などの上位機関と下位機関からなる組織体によって管理されている場合、財物の占有が誰に帰属するのか(誰が財物の占有者になるのか)が問題になります。

 結論として、上位機関と下位機関とでは、占有は、上位機関のみにあるとされます。

 さらに、占有の主体となれるのは、自然人(人間)のみなので、組織体が管理する財物は、

上位機関に所属する財物の管理を任されている者

に占有が帰属します。

 たとえば、スーパーマーケットの場合、財物(商品)の占有は、組織体の上位機関でる店長に帰属することになります。

 下位機関であるスーパー従業員には、占有は帰属しません。

※ ちなみに、占有は、現実的な観念なので、財物の事実上の支配をなしうるのは、自らの意思を持ち、行動できる自然人に限られ、法人などの組織体自体が占有の主体になることはできないというルール設計になっています。

組織体の上位機関に財物の占有が帰属することを示した判例①

大審院判例(昭和21年11月26日)

 農業会の会長の指揮監督のもと、政府管理米の保管業務を行っていた倉庫係が、倉庫内の政府管理米を領得した事件で、裁判官は、

  • 数人が他人の物に対し、事実上の支配をなす場合、その支配力が対等の関係にあることなく、主たる占有者の地位において行われ、その指揮監督の下に従属的地位において機械的補助者として事実上の支配をなすに過ぎないときは、該機械的補助者は、主たる占有者の占有関係において、物に対する独立の占有を有しない

として、政府管理米の占有は、組織体の上位機関に当たる農業会長にあるとし、下位機関に当たる倉庫係に占有はないと判断しました。

 この場合、倉庫係が、農業会会長が占有を有する政府管理米を奪った構図になるので、倉庫係には窃盗罪が成立します。

 ちなみに、もし、倉庫係に政府管理米の占有があるとされるとしたら、倉庫係には、農業会会長から委託を受けて預かっていた政府管理米を奪ったとして、業務上横領罪が成立することになります。

上位機関と下位機関の区別の判断基準

 組織体が管理する財物は、上位機関に所属する者に占有が帰属すること分かりました。

 次に、どのような機関が上位機関であり、どのような機関が下位機関であるかをはっきりさせておく必要があります。

上位機機関とは?

 占有の主体になる上位機関とは、

  • 財物に対する管理の権限および責任を独占している
  • 下位機関を指揮監督している
  • 下位機関を自己の支配の手段方法として利用している
  • 下位機関が自己を支配しようとしてきも、その支配を排除できる

という立場関係にある機関をいいます。

下位機関とは?

 上位機関に対し、下位機関とは、

  • 財物に対する管理の権限と責任がない
  • 上位機関の指揮監督を受けて、機械的に財物管理の一端にかかわるのみである
  • 上位機関に利用され、財物に対する実質的支配を排除されている

という立場関係にある機関をいいます。

組織体の上位機関に財物の占有は帰属することを示した判例②

東京高裁判例(昭和27年5月31日)

 保管責任者たる工事区長の指揮監督下に、資材の保管などの職務に従事していた国鉄職員の倉庫係が、倉庫内から資材を勝手に持ち出した事件で、持ち出した資材に対する倉庫係の占有を否定し、工事区長の占有を認めました。

 裁判官は、

  • 物に対する事実上の支配が、上下主従の関係を有するに過ぎない場合においては、物の従たる支配者は、刑法上その物につき占有するものではない
  • 物の従たる支配者が、主たる支配を排して、物に対する独占的の支配をするに至った時は、窃盗罪を構成するとものと解するのが相当である

と判示しました。

仙台高裁判例(昭和38年5月21日)

 鉄骨組立工事で、工事に当たってたC社の従業員(現場責任者)が鉄筋を領得した事件で、鉄骨に対する従業員(現場責任者)の占有を否定しました。

 裁判官は、

  • 本件鉄筋の所有権は、C社にあるとともに、その刑法上の占有は、依然C社社長にあるものといわねばならぬ

と判示しました。

下位機関に財物の占有が認められる場合

 組織体によって管理される財物は、基本的には、上位機関に所属する者に占有が認められるという話をしてきました。

 これに対し、例外的に、下位機関に所属する者に財物の占有が認められる場合があります。

 下位機関に所属する者に財物の占有が認められる場合とは、

  • 財物が上位組織の管理に入る前であり、
  • 下位機関が、上位組織の管理に入る前の財物を保管するものとされているとき

になります。

 どのようなケースで下位機関に所属する者に財物の占有(管理権限)があるとされるかは、以下の判例を見ると分かりやすいです。

大審院判例(昭和2年2月16日)

 自己の職務として貯金事務を担当していた郵便局の事務員が、客から郵便貯金として預かった金銭を領得した事件で、事務員が客から預かった金銭は、郵便局長に交付するまでは、事務員に金銭の占有があるとしました。

 この判例の場合、郵便局の事務員が、郵便局長から委託を受けて、自己が占有(管理)している金銭を奪ったという考え方になるので、業務上横領罪が成立します。

 ちなみに、もし、郵便局長が占有する金銭を事務員が奪ったという評価になれば、窃盗罪が成立することになります。

 また、上記判例と同じような判例として、以下の判例があります。

大審院判例(大正11年4月7日)

 郵便局の事務員が、職務上、郵便切手を売りさばいて代金として受領した金銭の占有は、郵便局長に引き渡すまでは、その事務員にあるとしました。

下位機関に財物の占有が認められる場合をもう少し詳しく説明

 下位機関に財物の占有が認められる場合をもう少し詳しく説明すると以下のようになります。

 先ほど説明したとおり、下位機関に所属する者に財物の占有が認められる場合とは、

  • 財物が上位組織の管理に入る前であり、
  • 下位機関が、上位組織の管理に入る前の財物を保管するものとされているとき

になります。

 こう考えることになる理由は、

  • 下位機関が財物の保管権限と責任を有している
  • 上位機関からの厳格な指揮監督を受けないで、下位機関が独立して財物を保管管理している
  • 下位機関が、上位機関から財物の支配の手段方法として利用され、財物の実質的支配を排除されていない
  • 下位機関が財物を奪った場合、横領罪業務上横領罪により特別に処罰する必要がある

からとなります。

上位機関と下位機関の共同占有

 上位機関と下位機関の両方に財物の占有が認められる場合があり、これを

共同占有

といいます。

 上位機関と下位機関の両方に占有(共同占有)が認められる場合とは、

  • 組織上下の関係があっても、上位機関と下位機関がそれぞれ財物の管理について権限と責任を有する
  • 上位機関による指揮監督が下位機関の判断の余地を奪うほど厳格ではない
  • 上位機関と下位機関が連絡協力し合って財物の管理を行うこととされている
  • 上位機関と下位機関が互いに財物に対する実質的支配を排除しない関係にある

場合になります。

上位機関と下位機関の共同占有を認めた判例

大審院判例(大正8年4月5日)

 銀行の支配人が、頭取および常務取締役が共同して保管中の有価証券を、銀行の金庫内から取り出した事件で、有価証券の占有は、頭取および常務取締役との共同占有であるとした上で、支配人に対する窃盗罪の成立を認めました。

最高裁判例(昭和25年6月6日)

 石炭窒素の倉庫の鍵を保管し、倉庫への石炭窒素の出入りをすべて自己の責任で行っていた石炭窒素部の主任が、倉庫の石炭窒素を領得した事件で、石炭窒素の占有は、石炭窒素を領得した主任と、その上司である係長との共同占有であるとした上、主任に対して窃盗の成立を認めました。

 この場合、主任に対しては、窃盗罪のほか、業務上横領罪も同時に成立しますが、このような場合、判例は窃盗罪で犯人を処罰しています。

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