刑法(詐欺罪)

詐欺罪(55) ~実行の着手②「保険金詐欺、訴訟詐欺、商業信用状を利用した詐欺罪における実行の着手」を判例で解説~

 前回記事の続きです。

 今回の記事では、詐欺罪の態様ごとに、実行の着手について言及した判例を紹介します。

保険金詐欺における実行の着手

 保険金詐取の目的で、家屋に放火したり、船舶を転覆・沈没させた場合は、それらの行為だけではまだ詐欺罪の実行に着手したものではなく、さらに、失火や不可抗力による沈没を装って、

保険会社に保険金の支払を請求した時

に初めて詐欺の実行の着手があったとされます。

 保険金詐欺の実行の着手について言及した判例として、以下のものがあります。

大審院判決(大正9年4月10日)

 この判例で、裁判官は、

  • 詐欺取得罪の手段たる欺罔行為は、事実上、人を錯誤に陥らしめ得るものなるをもって足り、必ずしも法律上の効果を生ずるものたることを要するものにあらず

と判示し、保険会社に火災保険の請求をした行為をもって欺罔の実行行為があったとし、詐欺未遂罪の成立を認めました(本件では詐欺犯人が保険金の受領に至っていなため未遂)。

大審院判決(大正12年3月15日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被告ら保険に付したる船舶を故意に転覆せしめながら、保険会社に対しては、これを不可抗力により沈船せしめたるものの如く装い、虚偽の通告をなして保険金を騙取せんことを図り、これを実行して騙取の目的を遂げたる場合において、虚偽の通告は詐欺罪の実行の着手たること疑いなし
  • 船舶を転覆せしめたる行為は、その着手にあらざることは論を俟たざるところにして、これを指して詐欺の手段というを得ず

と判示し、船を故意に転覆させただけでは詐欺罪の実行の着手があったとはいえず、保険会社に保険金を請求した時点で、詐欺罪の実行の着手があったと認められるとしました。

詐欺賭博と実行の着手

 詐欺賭博においては、一方の当事者が、相手方に対し、欺く行為を開始すれば詐欺罪の実行の着手があると認められるべきであり、相手方が錯誤に陥り財物を賭する行為を開始する必要はないとされます。

 詐欺賭博の実行の着手に言及した判例として、以下のものがあります。

大審院判決(昭和8年11月9日)

 犯人にだまされて相手方が詐欺賭博に参加し、金4000円の出金を承諾した時点をもって、人を欺く手段が講じられたとして、詐欺罪の実行の着手を認めました。

 裁判官は、

  • 数名共謀し、あたかも数人が一人の資産家を捉え、その愚昧に乗じて賭博を挑み、金員を獲得するものの如く仮装し、右賭博において資産家の反対に賭するにおいては、勝を占むること確実なる旨をもって、人を欺罔して勝負に加わらしめたる上、不正の手段をもって、その者の敗に帰せしめて、よりて金員を騙取せんとする場合(いわゆる鹿追詐欺)においては、被害者に対し、右欺罔の手段を取りたるとき、詐欺罪の着手ありたるものにして、被害者の敗により、その賭金が共謀者の一人たる資産家役の手に帰したるときは、未だ他の者に分配せざるも、詐欺は既遂に達してたるものとす

と判示しました。

最高裁判決(昭和26年5月8日)

 犯人に騙されて、相手方がうまく欺きの手に乗って勝負しようと決心した事案で、裁判官は、

  • 本件詐欺は、俗にモミと称する詐欺賭博によるものであって、見物人には一の数字を書いた紙玉を落し入れると称して金を賭けさせ、金を賭けたものが一の数字のある紙玉を拾い上げたときは賭金の三倍相当の金をやり、もし他の数字のある紙を拾うたときは、その賭金は胴元の所得とするという方法であり、被告人においては一の数字のある紙玉を「数多紙玉中に落して混ぜるように見せかけ実際は混入せず、巧に自分の手中で他の数字を書いた紙玉と取替え」るというのであるから、賭金した見物人には勝つ機会が全くないのにかかわらず、その機会があるかのように欺罔して賭金を騙取するのである
  • 原判決の認定した事実は、賭金した見物人には勝つ機会が全くないのにかかわらず、その機会があるように「盛にその方法によって客に勝負をすすめ、被告人AとB、C等は見物人の中にいて勝負するように見せかけて客を誘ういわゆるサクラの役をつとめ、被告人Dは見張りとなっての役をしていると、見物人中のEことF(当時25年)がうまくだましの手に乗って勝負しようと決心し」たというのであるから、欺罔着手のあったことは極めて明白である

と判示し、詐欺の実行の着手があったと認定し、詐欺未遂罪が成立するとしました。

大審院判決(昭和9年6月11日)

 人を欺く手段を講じて詐欺賭博に勧誘したが、相手方が承諾する前に、警官に発見された事案で、人を欺く手段が講じられているから、詐欺罪の実行の着手が認められるとしました。

 この判例で、裁判官は、

  • 鹿追と称する詐欺賭博の方法により、金員を騙取せんことを企て、相手方に対して欺罔手段を施用し、その賭博に加入せんことを勧説したるときは、仮令、相手方が未だ錯誤に陥り、これに加入するに至らざありしとするも、既に詐欺の実行に着手したるものとす

と判示しました。

最高裁判決(昭和29年10月22日)

 競輪選手が他の選手又は第三者と通謀して実力でない競技をする八百長レースによる詐欺の場合、その実行の着手は八百長レースを通謀した選手らがスタートラインに立った時であるとしました。

 裁判官は、

  • 本件の如く、競輪選手が他の選手(又は第三者)と通謀して実力に非ざる競技をなすいわゆる八百長レースにより賞金及び払戻金を受領する行為は、刑法の詐欺罪を構成する
  • 詐欺の実行の着手は、八百長レースを通謀した選手らがスタートラインに立った時であり、その既遂時期は通謀者が賞金、払戻金を請求しこれを受領した時と解する
  • また、詐欺の被欺罔者は、競輪施行者及びその実施を担当する自転車振興会の各係員ら(本件では賞金支払係岐阜市主事及び岐阜県自転車振興会の審判員、管理部員ら)であり、その錯誤の内容は、右係員らがそれぞれ本件八百長レースを公正なレースの如く誤信したことである
  • 詐欺の被害者は、賞金が施行者の財源(賞典費の項目)から支出されること及び払戻金は車券購買代金から支出されるけれども、右購買代金は車券発売と同時に施行者に帰属する事実に鑑み、施行者たる岐阜市であると解すべきものである

と判示し、八百長レースに対して詐欺罪の成立を認めました。

訴訟詐欺における実行の着手

 訴訟詐欺における実行の着手につき、判例は、

  1. 不実な請求を目的として裁判所に対し訴えを提起した時(つまり、訴状を裁判所に提出した時)
  2. 裁判所に対し虚偽の主張をした時
  3. 虚偽の証書に基づいて支払命令の申請をした時
  4. 虚偽の債権に基づいて差押えをした時
  5. 消滅した抵当権により競売の申立てをした時
  6. 虚偽の債権に基づいて配当要求をした時
  7. 紛失した証券に対する除権判決を求めるために、公示催告の申立てをした時

に実行行為の着手があったと認めています。

 以下で、①~⑦のそれぞれの場合の判例を紹介します。

①不実な請求を目的として裁判所に対し訴えを提起した時(つまり、訴状を裁判所に提出した時)の判例

大審院判決(大正3年3月24日)

 この判例で、裁判官は、

  • 不実なる請求を目的とする訴の提起、すなわち訴状の提出は、裁判所に対する欺罔の着手なりというを当然とし、口頭弁論開始後における不実の請求の演述は、ただその実行行為の一部分たるにとどまり、これをもって着手というべきものにあらず

と判示しました。

大審院判決(明治43年5月27日)

 財物詐取の目的で、偽造証書に基づき訴訟上の救助を申請した行為は、詐欺罪の予備行為であって、次いで訴訟を提起した時に実行に着手したことになるとしました。

 裁判官は、

  • 詐欺取得の目的をもって偽造証書に基づき、訴訟上の救助を申請するは詐欺罪の予備行為に過ぎず、而して、犯人が、爾後、訴訟をを提起したるときは、すなわちその実行行為に着手したるものとす

と判示しました。

大審院判決(大正11年7月4日)

 本人からの債権取立委任は解除され、債務者も本人が真の債権者であることを認め、被告人の権利を否認しているのにかかわらず、たまたま債権証書が手中にあったのを利用し、これに基づき債務者を相手に貸金請求の訴訟を提起し、自分が名実ともに債権者であるように装い、その旨の主張をした行為は、人を欺くことに当たり、詐欺罪(この判例の事案では詐欺未遂罪)が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 本人の信託により自己の名をもって消費貸借をなした貸主となりたる者が、直に契約より、その債権を本人に譲渡し、債務者においても、本人が真の債権者なることを認めたる場合に、たまたま債権証書の自己の手にあるを奇貨とし、これを行使して債権者より金銭を取り立てんと企て、訴えを提起したるも、事発覚して目的を遂げざる行為は、詐欺罪の未遂に該当するものとす

と判示しました。

大審院判決(大正15年7月26日)

 不実の請求を目的として反訴を提起した場合、その時点で詐欺の実行の着手があるとしました。

 裁判官は、

  • 不実なる請求を目的とする反訴の提起は、裁判所に対する欺罔の着手なりとす

と判示しました。

②裁判所に対し虚偽の主張をした時の判例の判例

大審院判決(明治44年2月17日)

 この判例で、裁判官は、

  • 民事訴訟において、不法に財産上の利益を得んがため、裁判所に対して、虚偽の主張をなしたるときは、詐欺罪の実行に着手したるものとす

と判示しました。

③虚偽の証書に基づいて支払命令の申請をした時の判例

大審院判決(明治44年5月2日)

 この判例で、裁判官は、

  • 支払命令の申請が形式上適法なるにおいては、裁判所は申請者をもって債権者なりと推定し、もって支払命令をなすべきものなるをもって、申請行為は、裁判所に対する欺罔手段となる得るものとす

と判示しました。

大審院判決(大正5年5月2日)

 この判例で、裁判官は、

  • 虚偽の証書に基づき、支払命令を申請したる場合といえども、申請の形式が適法なる以上は、裁判所は、その申請の原因たる債権現存するものと推定し、該命令を発すべきものなるをもって、如上の申請をなすは、裁判所に対する欺罔手段の着手にほかならず

と判示しました。

大審院判決(昭和12年11月16日)

 虚偽の債権に基づき、裁判所に支払命令を申請した事案で、裁判官は、

  • 形式上適法なる支払命令の申請ありたる揚合においては、裁判所は申請人がその申言の原因たる債権を有するものと推定し、支払命令を発するものなるが故に、虚偽の債権に基づき支払命令の申請をなすの行動は、裁判所に対する欺罔(人を欺く)手段たり得べきものとす

と判示し、裁判所に対する督促手続に関する訴訟について、詐欺罪の成立を認めました。

④虚偽の債権に基づいて差押えをした時の判例

大審院判決(大正4年7月6日)

 この判例で、裁判官は、

  • 債権詐害の目的をもって、虚偽の債権を作為し、真正の債権者において、仮差押えをなしたる有体動産に対し、差押えをなしたる行為自体は、詐欺罪の実行の着手たるにどとまり、該有体動産の売買金の配当を受けたる事実あらざれば、詐欺罪の既遂とならざるものとす

と判示しました。

⑤消滅した抵当権により競売の申立てをした時の判例

大審院判決(明治43年2月3日)

 この判例で、裁判官は、

  • 裁判所が、形式上、適法なる支払命令、執行命令又は競売等の申請を受けたるときは、法律の規定により、その基本たる債権存在するものと推定し、該命令又は決定等をなすべきものとす
  • 故に、如上の申請をなす事実は、裁判所に対する欺罔手段となることを妨げず

と判示しました。

⑥虚偽の債権に基づいて配当要求をした時の判例

大審院判決(大正3年2月16日)

 虚偽の債権に基づいて、裁判所に適式配当要求をする行為について、裁判官は、

  • 強制執行に際し、形式上適法なる配当要求をなす者あるときは、裁判所は、その請求の原因たる債権は、現に存するものなりと推定をなし、配当表を作り、これを実施するものなれば、虚偽の債権に基き、適式なる配当要求をなすの事実は、裁判所を錯誤に陥らしむべき欺罔(人を欺く)手段となるべきものなりとす

と判示し、裁判所に対する強制執行に関する訴訟について、詐欺罪の成立を認めました。

⑦紛失した証券に対する除権判決を求めるために、公示催告の申立てをした時の判例

大審院判決(明治44年11月14日)

 この判例で、裁判官は、

  • 銀行より割増金を騙取する目的をもって、裁判所に対し、債権紛失に基づく公示催告の申立てをなし、除権判決の宣告を得、よりて銀行より判示物件等を騙取せんとして遂げざりしものなりというにあれば、右被告人が行為が詐欺取得未遂罪を構成すべきこともちろんなり

と判示し、裁判所に対して公示催告の申立てをした時点で実行の着手ありとしました。

【追記】仮差押えの申請では実行の着手にならないの判例

 仮差押えの申請をした時に人を欺く行為に着手したものとする見解もありますが、判例は、仮差押えは強制執行保全の方法にすぎず、まだ基礎たる債権につき現実に請求の意思を表示したものとはいえないから、この段階では詐欺罪の実行に着手したとはいえないとしています。

大審院判決(大正8年2月25日)

 この判例で、裁判官は、

  • 仮差押えは、強制執行保全の方法に過ぎずして、本条訴訟の提起と異なり、その起訴たる債権につき、現実に請求の意思を表示したるものというを得ざれば、虚構の債権につき、本案訴訟に先じ、仮差押えをなすも、未だ詐欺罪の実行に着手したりというを得ざるものとす

と判示しました。

商業信用状を利用した詐欺罪における実行の着手

 商業信用状を利用した詐欺罪の実行の着手について判示した以下の判例があります。

大阪高裁判決(昭和60年11月28日)

 事案は、国内の貿易業者に対し、その取引銀行に商業信用状を開設させるべく、架空の貿易取引を装い、多額の代行手数料を支払うとの好餌をもって働きかけたという事案です。

 被告人の弁護人は、

  • 本件を間接正犯の態様による犯行であり(その貿易業者を被利用者とする銀行に対する詐欺罪と見る)、 その実行の着手は被利用者が銀行に信用状開設の申込みをした時点に認めるべきである

と主張しました。

 これに対し、裁判官は、

  • 貿易業者は、銀行の財産的処分行為(信用状の開設)につき、事実上これをなさしめうる可能的地位にあるものと評して差し支えないから、貿易業者が詐欺罪における財産上の被害者とは別個の実質的被害者と認められるとして、貿易業者に対する欺く行為を開始した以上、詐欺罪の実行の着手はあったものというべきである

と判示しました。

 判決文で、裁判官は、

  • 詐欺罪は、人を欺罔して財物を騙取し、もしくは財産上不法の利益を得る犯罪であり、その欺罔に着手した時点において、犯罪の実行の着手があるとされるものであるが、欺罔される者と、その欺罔の結果、財産上の処分を行う者(財産上の被害者)とは必ずしも同一人である必要はなく、被欺罔者が財産上の処分者(被害者)に対し、事実上又は法律上その被害財産の処分をなし、又はなさしめ得る可能的地位にあることをもって足りるものと解される
  • 本件においては、被告人らは、S材木店の経営者であるSを欺罔して、その取引銀行に信用状を開設させようと企て、架空の貿易取引を装い、かつ、多額の代行手数料を支払うとの好餌をもってこれに働きかけているのであるが、同人がその働きかけに応じて取引銀行であるM銀行に対し、所定の信用状開設の依頼をすれば、爾後の同開設に伴う支払及び損害はすべて同人において実質的に補填する約定となっている関係上、ほぼ確実にD銀行による信用状の開設が行われる仕組みとなっているのであるから、Sは、本件財産上の被害者であるD銀行の右財産上の処分につき、事実上これをなさしめ得る可能的地位にあるものと評して差し支えない
  • 従って、Sは、詐欺罪における財産上の被害者とは別個の実質的被害者たる被欺罔者と認められ、これに対して欺罔の行為に着手した被告人らの犯行は、単なる詐欺の予備行為たるにとどまらず、優に詐欺罪の実行の着手に至っているものと認めるのを相当とする

と判示しました。

次の記事

詐欺罪、電子計算機使用詐欺罪、準詐欺罪の記事まとめ一覧

詐欺罪、電子計算機使用詐欺罪、準詐欺罪の記事まとめ一覧