詐欺罪の成立要件
詐欺罪(刑法246条)は、人を欺いて錯誤(瑕疵ある意思)を生じさせ、その錯誤に基づいて、財物の交付や財産的処分行為をさせて、財物を取得し、又は財産上の不法の利益を得ることによって成立します。
詐欺罪は、窃盗罪・強盗罪と性質を比較して考えると理解しやすくなります。
窃盗罪・強盗罪は、被害者の意思に基づかないで、財物を奪う犯罪です。
これに対し、詐欺罪は、被害者(欺かれた人)の錯誤(瑕疵ある意思)に基づく財産的処分行為を介して、財物を取得し、財産上不法の利益を得る(つまり、財物や利益を奪うのではなく、被害者に差し出させる)犯罪であるところに、窃盗罪・強盗罪と区別される本質的特徴があります。
このように、詐欺罪は、
人を欺く行為 ➡ 錯誤 ➡ 財産的処分行為 ➡ 財物又は財産上の不法の利益の取得
という過程を経て成立する犯罪です。
もっと深掘りして説明すると、この
人を欺く行為 ➡ 錯誤 ➡ 財産的処分行為 ➡ 財物又は財産上の不法の利益の取得
という要素が、詐欺罪の成立要件(構成要件要素)になるのです。
もっとも、詐欺罪は故意犯なので、詐欺罪の成立には、犯人が詐欺を行う意思をもって詐欺を行ったことが必要になります。
まとめると、詐欺罪の成立には、
- 詐欺を行う故意があること
- 「人を欺く行為 ➡ 錯誤 ➡ 財産的処分行為 ➡ 財物又は財産上の不法の利益の取得」という因果的連鎖があること
が必要になります。
詐欺罪の客体
他人の財物
詐欺罪の客体(詐欺の目的物、被害品)になるのは、
他人が占有する他人の財物
です。
この意味は、他人が占有(管理)するものではなく、犯人自身が占有(管理)しているものをだまし取っても、詐欺罪は成立しないことを意味します(この場合、横領罪が成立する可能性があります)。
この点について、以下の判例があります。
大審院判決(大正7年7月5日)
この判例で、裁判官は、
- 自己の占有中にある他人の不動産を自己のものなりと主張し、これを返還ならびに登記簿上の名義書換を拒みたる所為は、横領罪に該当し、詐欺罪を構成すべきものにあらず
と判示し、犯人が占有している不動産を詐取した事案で、詐欺罪は成立せず、横領罪が成立するとしました。
この判例のケースで、もし犯人が占有せず、他人が占有している不動産を詐取したのであれば、詐欺罪が成立することになります。
また、犯人自身の財物でも、他人の占有に属し、又は、公務所の命令によって他人が看守するものであるときは、他人の財物とみなされ(刑法251条・242条)、詐欺罪の客体になります。
なお、財物(財物性)に関する詳しい解説は、前の記事で行っています。
詐欺罪の財物の所有者は、自然人のほか、国家・法人を含む
財物の所有者としての他人は、自然人のほか、国家、地方公共団体、法人、その他団体も含まれます。
国家や法人も財物の所有者・占有者になることについては、窃盗罪の場合と同様であり、この点については前の記事で解説しています。
判例が詐欺罪の客体としての財物に当たるとしたもの
判例が詐欺罪の客体としての財物に当たるとしたものとして、以下のものがあります。
・金員借用証書(大審院判決 大正5年4月24日)
・電話加入名義変更予約書(大審院判決 大正14年6月4日)
・売渡登記済証(大審院判決 大正14年10月8日)
・売渡証書(大審院判決 大正3年4月16日)
・不動産の権利証・登記委任状(大審院判決 昭和3年11月26日)
・不動産の権利証(最高裁判決 昭和26年5月29日)
この判例で、裁判官は、
- 不動産の権利に関する登記済証は…財物として価値がないものではなく詐欺罪の目的物となり得ること言うまでもない
と判示しました。
・未開地貸付許可指令書(大審院判決 昭和10年3月11日)
・県商工課長名義の硝子特配申請の事案における硝子を配給する旨の文書(最高裁判決 昭和25年6月1日)
この判例で、裁判官は、
- 詐欺罪の目的物たる財物とは、財産権ことに所有権の目的となることを得べき物をいい、必ずしも金銭的価値を有すると否とを問わないものである
- 硝子特配申請の件については4箱の配給を約束する旨の書面であるから、かかる配給を受くべき財産上の利益を期待しうべき書面であり、従って経済的価値なしといえないばかりでなく、少くとも所有権の目的となることを得べき物であること明らかであるといわなければならない
- 従って、たといその約束書それ自体が…硝子板の受配の権利を付与するものでないとしても財物でないとはいえない
と判示しました。
・用紙の需要者割当証明書(東京高裁判決 昭和27年10月20日)
・統制経済における購入票である輸出向用綿糸購入票(大審院判決 昭和14年7月3日)
・統制経済における購入票である揮発油購買券(大審院判決 昭和16年3月27日)
・統制経済における購入票である三食者外食券(最高裁判決 昭和24年5月7日)
この判例で、裁判官は、
- 三食者外食券は、もちろん外食の際、代金は支払わなければならないが、それがあれば引換えに主食類を入手することができるもので、財産権の目的になるから、刑法第246条第1項の財物である
と判示しました。
・統制経済における購入票である家庭用主食購入通帳(最高裁判決 昭和24年11月17日)
この判例で、裁判官は、
- 「家庭用主食購入通帳」は、一個人の所有権の客体となるべき有体物であるから、刑法にいわゆる財物にあたるものといわなければならない
- 従って、該通帳が本件被告人の配給物資を騙取せんがための手段であり、道具であるに過ぎなかつたとしても、詐欺罪の成立を妨げる理由はない
と判示しました。
・保険証券(大審院判決 大正4年11月29日、大正12年12月25日、昭和7年6月29日、昭和10年7月22日)
・保険契約が無効の保険証券(大審院判決 昭和11年4月2日)
この判例で、裁判官は、
- 保険証券の表示する契約が無効なりとするも、該証書に表示せられたる契約が形式上成立したる如き体裁を具備するにおいては、何人の所有をも許さざるため、偽造文書と異なり、該証券は、詐欺罪の目的物となりえるものなるをもって、これを騙取すれば詐欺罪を成立することもちろんなり
- 生命保険において、保険契約が保険契約の申込みをなしたる後、被保険者死亡し保険契約締結当時には、既に保険事故発生し、かつ保険契約者において、これを知れるため、保険契約無効となりたりとするも、保険証券は、保険契約の成立及びその内容を明らかにすべき証拠証券として、なお財産権の目的たることを得るものなるがゆえに、刑法にいわゆる財物にして詐欺罪の目的物たるに妨げなきものとす
と判示し、保険契約が無効の保険証券に対する詐欺罪の成立を認めました。
・私法上無効となる事由のある保険証券(大審院判決 昭和15年12月5日)
・電信為替証書(大審院判決 大正12年4月5日)
・小切手(大審院判決 明示42年5月14日)
・先日付小切手(東京高裁判決 昭和28年10月17日)
・後日不渡りとなった小切手(大審院判決 昭和10年11月19日)
・不渡小切手(東京高裁判決 昭和31年6月28日)
・約束手形(大審院判決 昭和7年1月26日、昭和16年8月20日)
・真正な部分が存在する偽造の約束手形(大審院判決 大正3年10月19日)
この判例で、裁判官は、
- (偽造の約束手形も)その真正なる部分の存する以上は、これに関する手形法上の権利義務ありて、その証券は有効に財産権の目的となるべきはもちろんなるがゆえに、刑法上においてもまた欺罔騙取(人を欺くこと,詐取すること)の目的となるべきは当然なり
と判示しました。
・郵便切手類及び印紙の売りさばき手数料の支払に関し、指定郵便局から特定郵便局に送付される歳出金支払証票(大阪高裁判決 昭和41年2月19日)
この判例で、裁判官は、
- 歳出金支払通知書の方は、これは郵便局に提出することにより金員の支払を受け得る書面で財産的価値を有するものと認められるし、歳出金支払証票にしても、これは一般人の手に渡るものでなく、郵便局に備え付けられるものであるけれども、この文書と照合されて始めて支払通知書は十分効力を発揮し、手数料の支払も認められるものであって、なお郵便局にとっては金員の支払の正当性を確認するための書面であり、有価証券的性格はもたないけれども、なお財産的価値のあるものといわねばならない
- (この書面を窃取した場合、財物の窃取として窃盗罪を認めざるを得ないであろう)してみると、支払証票だけでも財物と認められないものでなく、原判決がこれを財物と認めたことに誤りがあるとはいえない
と判示しました。
・毛糸等の輸出証明書(大阪高裁判決 昭和42年11月29日)
・国民健康保険被保険者証(大阪高裁判決 昭和59年5月23日、東京地裁判決 昭和62年11月20日、最高裁決定 平成18年8月21日)
前記大阪高裁判決(昭和59年5月23日)の判例で、裁判官は、
- 国民健康保険被保険者証(以下、単に被保険者証とも いう)は、市町村が国民健康保険を行う場合にあっては、被保険者の属する世帯の世帯主が当該市町村から交付を受けるものであって、それはその交付を受ける者、その他一個人の所有権の客体となるべき有休物であり、刑法にいわゆる財物にあたるものといわなければならない
- しかのみならず、その性質、効用をみると、被保険者証は、市町村が行う国民健康保険の被保険者であること、換言すれば、当該市町村から療養の給付を受けうる権利を有する者であることを証明する文書で、単なる事実証明に関する文書ではなく、財産上の権利義務に関する事実を証明する効力を有する文書というべきものであって、被保険者が療養の給付を受けようとするときは、原則としてこれを療養取扱機関に提出しなければならないものであり、被保険者証は、単なる事案証明に関する文書とは異り、それ自体が社会生活上重要な経済的価値効用を有するものであるから、当該市町村の係員を欺固して被保険者証の交付を受けてこれを取得する場合においても、詐欺罪の規定の保護に値し、同罪の構成要件を充足するものとして、詐欺罪の成立を認めるのが相当である
と判示しました。
・簡易生命保険証書(福岡高裁判決 平成8年11月21日、最高裁決定 平成12年3月27日)
・預金口座の開設に伴う預金通帳・キャッシュカード(最高裁決定 平成19年7月17日)
・航空機の搭乗券(最高裁決定 平成22年7月29日)
私人の所有を禁じられた物も詐欺の客体になる
隠匿物資などの私人の所有を禁じられた物であっても、現に他人の占有しうるものである以上、これに対する詐取は可能なので、詐欺罪の客体になります。
この点について、以下の判例があります。
この判例で、裁判官は、
- 本件被害物件は、元軍用アルコールであって、かりにこれはいわゆる隠匿物資であるために、私人の所持を禁ぜられているものであるとしても、それがために…詐欺罪の目的となり得ないものではない
- 刑法における財物取罪の規定は、人の財物に対する事実上の所持を保護せんとするものであって、これを所持するものが、法律上正当にこれを所持する権限を有するかどうかを問はず、たとい刑法上その所持を禁ぜられている場合でも、現実にこれを所持している事実がある以上、社会の法的秩序を維持する必要からして、物の所持という事実上の状態それ自体が独立の法益として保護せられ、みだりに不正の手段によつて、これを侵すことを許さぬとする趣意である
- しかして原判決の認定するところは、Aが現実に所持していた元軍用アルコールを、被告人が騙取したというのであるから、原判決がこれに対して、詐欺罪の成立を認めたのは正当である
と判示しました。
不動産も詐欺罪の客体になる
詐欺罪の客体たる財物の中には、不動産も含まれるとするのが判例の立場です。
なお、窃盗罪や強盗罪などの盗罪においては、不動産は客体になりませんが、詐欺罪については不動産も客体になる点に違いがあります。
大審院判決(明治36年6月1日)
この判例で、裁判官は、
- 詐欺取財罪と盗罪とは、ひとしく他人の物を不正に取得する罪なりといえとも、…承諾を得ずして取得するものなるをもって、盗犯の目的は現実に物の所在を移転し、自己の占有に移すにあらざれば、これを達する能はず
- 従って、その目的物は、必ずや移転し得うべきものたらざるべからず
- 然れども、詐欺取財犯の目的は、現実に物の所在を移転することなくして、これを達し得ることあるゆえに、その目的物は必ずしも移転し得べきものたること要するものにあらず
- ゆえに、詐欺取財の罪質上、不動産といえども、その目的物たり得る
と判示し、不動産は詐欺罪の客体になるとしました。
電気は詐欺罪の客体になる
電気は財物と見なされ、詐欺罪の客体になります(刑法251条・245条)。
偽造証書は詐欺罪の客体にならない
これまで詐欺罪の客体になる財物について紹介してきましたが、判例上、詐欺罪の客体にならないと判示されている財物を紹介します。
それは、偽造証書です。
偽造証書は、詐欺罪の客体にならないというのが判例の立場です。
大審院判決(大正元年12月20日)
この判例で、裁判官は、
- 偽造証書は、無価値のものなるのみならず、所有権の目的物とならざる
と判示し、詐欺罪の客体たる財物に当たらないとしました。
東京高裁判決(昭和35年11月30日)
偽造の約束手形を詐取した事案で、裁判官は、
- 偽造手形は何人の所有をも許さないものであり、財産犯たる詐欺罪の目的物となるべきものではない
と判示しました。