刑法(強盗罪)

強盗罪(22) ~強盗利得罪(2項強盗)④「2項強盗の『財産上の利益』は、財物と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益である必要がある」を判例で解説~

2項強盗の「財産上の利益」は、財物と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益である必要がある

 強盗罪(刑法236条2項)の2項強盗における「財産上不法の利益」とは、

財物と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益

をいいます。

 一般に、行為者が被害者に暴行、脅迫を加え、あるいは殺害した結果、事実上、行為者が何らかの経済的利益を得る場合は少なくなくありません。

 その経済的利益すべてが、刑法236条2項の2項強盗にいう「財産上不法の利益」に該当すると考えるのは妥当ではないとされます。

 この点について、神戸地裁判決(平成19年8月28日)において、裁判官は、

  • 刑法236条の2項が、1項強盗(財物奪取罪)に引き続いて規定され、「財物」と同等の財産的価値を有する財産的利益についても、財産罪としての保護を与えるために定められたものであるという趣旨に照らし、2項の「財産上不法の利益」とは、1項強盗でいう財物と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益をいうと解すべき

旨判示しています。

2項強盗の「財産上の利益」が、財物と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益かが争点となった判例

 2項強盗の「財産上の利益」が財物と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益かが争点となった判例として、以下の①~③の判例が参考になります。

 ①と②の判例では、

  • 相続による財産の承継
  • 経営上の権益

について、2項強盗にいう財産上の利益に当たらないとし、2項強盗の成立を否定しました。

 ①と②の判例の事案は、対象とされた「財産上の利益」は、財産的利益を受ける可能性のある地位ではあるものの、未だ財産的利益を受ける可能性が、現実的かつ具体的とまでは言えないことが、「財産上の利益」が否定された主たる理由と考えられています。

 ③の判例では、

  • キャッシュカードとその暗証番号を用いて、ATMを通して預貯金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位

について、2項強盗にいう財産上の利益に当たるとし、2項強盗の成立を認めました。

東京高裁判決(平成元年2月27日)

 被告人が、共犯者Aと共謀の上、両親を殺害し、唯一の相続人に相続を開始させて財産上不法の利益を得ようと企てた事案です。

 裁判官は、

  • 現行法上、相続による財産の承継は、生前の意志に基づく遺贈あるいは死因贈与等とも異なり、人の死亡を唯一の原因として発生するもので、その間、任意の処分の観念を容れる余地がないから、刑法236条2項にいう財産上の利益に当たらない

と判示し、相続による財産の承継自体が2項強盗にいう「財産上の利益」に当たらないとして、2項強盗の成立を否定しました。

神戸地裁判決(平成17年4月26日)

 被告人らが、個室マッサージ店の実質的な経営者であった被害者を殺害し、被告人Aにおいて、同店舗の経営を承継し、経営上の権益強取したとして、2項強盗殺人罪で起訴された事案です。

 裁判官は、

  • 被害者を殺害することによって、被告人Aにおいて、被害者が持っていた『経営上の権益』を入手したと見る余地もあり、これを強取したとする検察官の主張もあながち理解できないではない
  • しかし、その『経営上の権益』なるものは、被害者が死亡した場合には、被告人Aに引き継がれる可能性が高かったとはいえ、両者の間に、当然にそのようになる一定の法律関係等が存していたわけでもない
  • 被告人Aが代表者となった経緯からしても、殺害行為自体によって、被害者から『経営上の権益』が移転したとはいい難い

と判示し、2項強盗罪の成立を否定しました。

③ 東京高裁判決(平成21年11月16日)

 キャッシュカードを窃取した被告人が、被害者に対し、包丁を突き付けながら、「一番金額が入っているキャッシュカードと暗証番号を教えろ」などと語気鋭く申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧して、被害者名義の預金口座の暗証番号を聞き出し、その口座から預金の払戻しを受けた行為につき、2強盗の成立を認めました。

 裁判官は、

  • キャッシュカードを窃取した犯人が、被害者に暴行、脅迫を加え、その反抗を抑圧して、被害者から当該口座の暗証番号を聞き出した場合、犯人は、現金自動預払機(ATM)の操作により、 キャッシュカードと暗証番号による機械的な本人確認手続を経るだけで、迅速かつ確実に、被害者の預貯金口座から預貯金の払戻しを受けることができるようになる
  • このように、キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つ者は、あたかも正当な預貯金債権者のごとく、事実上、当該預貯金を支配しているといっても過言ではなく、キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことは、それ自体財産上の利益とみるのが相当であって、キャッシュカードを窃取した犯人が、被害者から、その暗証番号を聞き出した場合には、犯人は、被害者の預貯金債権そのものを取得するわけではないものの、 同キャッシュカードとその暗証番号を用いて、事実上、ATM を通して当該預貯金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位という財産上の利益を得たものというべきである

と判示し、2項強盗罪の成立を認めました。

 この判決は、2項強盗の成立を否定し、強要罪の成立のみを認めた原審が、「刑法236条2項の財産上の利益は、移転性のあるものに限られる」と説示した点について、

  • 2項強盗の罪が成立するためには、財産上の利益が被害者から行為者にそのまま直接移転することは必ずしも必要ではなく、行為者が利益を得る反面において、被害者が財産的な不利益(損害)を被るという関係があれば足りると解される
  • 例えば、暴行、脅迫によって被害者の反抗を抑圧して、財産的価値を有する輸送の役務を提供させた場合にも、2項強盗の罪が成立すると解されるが、このような場合に被害者が失うのは、当該役務を提供するのに必要な時間や労力、資源等であって、輸送の役務そのものではない
  • そして、本件においては、被告人が、ATMを通して本件口座の預金の払戻しを受けることができる地位を得る反面において、本件被害者は、自らの預金を被告人によって払い戻されかねないという事実上の不利益、すなわち、預金債権に対する支配が弱まるという財産上の損害を被ることになるのであるから、2項強盗の罪の成立要件に欠けるところはない

としました。

 また、原審が、「被告人が暗証番号を聞き出したとしても、キャッシュカードの暗証番号に関する情報が、被告人と本件被害者の間で共有されただけであり、そのことによって、本件被害者の利益が失われるわけではない」と説示した点について、

  • 暗証番号が情報であることにとらわれ、その経済的機能を看過したものといわざるを得ない

としました。

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