親族相盗例(親族間の犯罪に関する特例)とは?
詐欺罪(刑法246条)は、犯人と詐欺被害者との間に一定の親族関係(配偶者・直系血族・同居の親族)がある場合は、刑が免除され、または親告罪となります(刑法244条、刑法251条)。
この刑法上のルールを
親族相盗例(親族間の犯罪に関する特例)
といいます。
たとえば、犯人が自分の母親をだまして100万円を詐取した場合が、親族相盗例のルールが適用されるケースになります。
この場合、母親は直系の血族なので、配偶者・直系血族・同居の親族に対して犯した詐欺罪に該当することになり、 刑法244条1項の規定により、犯人である息子を詐欺罪で裁判にかけたとしても、裁判官は、必ず刑を免除する判決を出すことになります。
また、詐欺の被害者が、配偶者・直系血族・同居の親族以外の親族(たとえば、同居していない叔父叔母・兄弟姉妹・いとこ)であった場合は、詐欺罪は親告罪になるので(刑法244条2項)、被害者の告訴がなければ、犯人を裁判にかける(起訴する)ことはできません。
詐欺罪における親族相盗例
親族相盗例の適用を受ける詐欺被害者は、まず、犯人との間に刑法244条所定の親族関係があることが要件になります。
さらに、詐欺被害者が親族相盗例の適用を受けるには、犯人との間に刑法244条所定の親族関係があることに加え、
詐欺罪によって財産上の損害を被っている
ことが必要になります。
「詐欺罪によって財産上の損害を被った者」には、
の両方が含まれます。
参考となる判例として、以下の判例があります。
大審院判決(大正13年8月4日)
この判例で、裁判官は、
- 詐欺罪を犯したるものと被害者との間に直系血族その他刑法244条所定の関係にある者は、その刑を免除せらるるものとす
- 而して、詐欺罪は欺罔に原因して他人よりその財産を不正に領得し、若しくは財産上不法の利益を得、よってその他人に財産上の損害を生ぜしめたるにより成立するものなれば、その被害者が詐欺罪の成立により、財産上の損害を被りたる者を指称すべきや論を俟たず
- 故に、裁判所を欺罔し、訴訟の結果、勝訴の判決を得、これに基づき敗訴者より財産を不正に領得し、よって詐欺罪の成立したる場合に、被害者と犯人と直系血族の関係にあるときは、犯人は刑法244条に則り、刑を免除せらるるものとす
と判示しました。
親族の占有(管理)する物を詐取しても、その物が親族以外が所有する物だった場合、親族相盗例の適用はない
親族の占有(管理)する物を詐取しても、その物が親族以外が所有する物だった場合は、親族相盗例の適用はありません。
この場合、親族の物を詐取したほか、他人の物を詐取したことになるので、親族相盗例の適用がなくなります。
親族の占有する他人の財物を詐取したときは、親族がそれを自己の利益のために占有していたのであっても、他に所有者である被害者が存在するから、親族相盗例の適用はなくなるとした以下の判例があります。
大審院判決(大正3年7月14日)
この判例で、裁判官は、
- 自己の利益のために他人の物件を占有する者が、その親族のために右物件を騙取せられたる場合においては、被害者たる地位にありといえども、他に所有者たる被害者存するをもって、占有者の告訴なきを理由として、該犯罪を不問に付するを得ず
と判示し、被害品が親族以外が所有する物だった場合は、親族相盗例の適用はなく、詐欺罪は親告罪にならないので、告訴も必要ないとしました(刑法244条2項)。
被害者中に親族関係にない他人が加わっている場合、親族相盗例の適用はない
被害者中に刑法244条に定める親族関係にない他人が加わっており、全被害者が不可分的に損害を被っている場合には、親族相盗例の規定の適用はありません。
この点について、以下の判例があります。
大審院判決(昭和11年3月5日)
この判例で、裁判官は
- 刑法第251条、第244条の規定は、被害者と犯人との間に同条所定の関係ある場合に適用せらるるにどどまり、被害者中に同条所定の関係にあらざる他人が加わりて、全被害者が不可分的に損害を被りたる場合には、同条の適用はなきものとす
と判示しました。
大審院判決(昭和8年7月8日)
この判例で、裁判官は、
- 組合の性質を有する頼母子講の業務を執行する講員と被告人との間に親族関係あるも、他の講員と親族関係なき場合において、講会の業務を執行する講員を欺罔して金員を騙取したるときは、刑法第244条の適用なきものとす
と判示し、被害者たちの中に親族がいても、親族以外の被害者もいるのだから、親族相盗例の適用はないとしました。
結婚詐欺に親族相盗例の適用はない
結婚詐欺をして金品を詐取した場合は、親族相盗例の適用はありません。
これは、婚姻の意思がなく、単に相手を誤信させて金員を詐取する手段として婚姻届を出したにすぎない場合には、その婚姻は無効であり、訴えによって確認されなくても、親族相盗例の準用を認めるべきではないとされるためです。
この点について、以下の判例があります。
東京高裁判決(昭和49年6月27日)
この判例で、裁判官は、
- 被告人は、真実、被害者A、被害者Bと結婚して継続的に夫婦生活を営む意思はなく、同女らとの婚姻届を所轄区役所に提出しても、いずれ時期を見はからって離婚離籍の手続をする意思であり、婚姻届を提出するというのは、専ら同女らをして、被告人と正式な婚姻関係にあり継続的に夫婦生活を営むことができるものと信用させ、その信用関係に乗じ、同女らを欺罔して金員を騙取するための手段としてなされたものであることが認定できるのである
- 右両女との婚姻届は、いずれも被告人が前記の意図のもとに、財物騙取の手段としてしたものであり、戸籍上の婚姻関係を作為したに過ぎないものであるから、被告人において、右両女と婚姻の意思はなかったことはもとより、同女らにおいても被告人と真意を知ったならば、被告人といずれも婚姻する意思はなかったもので、婚姻はいずれも無効というべきである
- たとえ、その婚姻の無効が訴により明確にされない場合であっても、前記の如く、財物騙取の手段として戸籍上の婚姻関係を作為したに過ぎない場合においては、戸籍簿の外観上婚姻関係が認められるとしても、その戸籍簿上婚姻関係の存続する間に、被告人が、被害者A、Bから金員を騙取した事実について、刑法251条、244条前段の規定を適用し、刑の免除をするということは、もともと夫婦関係の財物の喪失に方が立ち入らないとした前記法条の趣旨にも反するもというべきである
と判示し、継続的に夫婦生活を営む意思がなく、金員を騙取する手段として婚姻届をしたに過ぎず、また相手方においても被告人の真意を知ったならば、被告人と婚姻する意思がなかったと認められるときには、戸籍簿の外観上婚姻関係が存在するとしても、親族相盗例の適用はないとしました。