令和6年司法試験の刑法論文問題から学ぶ

 令和6年司法試験の刑法論文問題の答案を作成してみました。

 この論文からは以下のテーマが学べます。

1⃣ 傷害罪刑法204条)、暴行罪刑法208条

2⃣ 強盗罪刑法236条1項)、強盗利得罪(刑法236条2項

3⃣ 刑法総論

 不能犯共謀共同正犯幇助犯

4⃣ 正当防衛

問題

 以下の【事例1】及び【事例2】を読んで、後記〔設問1〕及び〔設問2〕について、答えなさい。

【事例1】

1 特殊詐欺グループを率いる甲(28歳、男性)は、同じグループの配下のA(25歳、男性)が資産家名簿を別の特殊詐欺グループに無断で渡したと考え、某月1日午後8時頃、人のいないB公園にAを呼び出し、Aに「名簿を他のグループに流しただろう。相手は誰。」と言って追及したが、Aはこれを否定した。甲は、Aがうそを言っていると思い腹を立て、Aの頭部を拳で殴り、その場に転倒したAに「殺されたいのか。」と言いながらAの腹部を繰り返し蹴って、Aに肋骨骨折等の傷害を負わせた。

 甲は、Aの所持品の中に資産家名簿の流出先に関する手掛かりがあるだろうと考え、Aの所持品を奪うつもりはなかったが、甲から1メートル離れた場所で倒れたままのAに「持っているものを見せろ。」と言った。Aは、既に抵抗する気力を失っていたので、A所有の財布1個(以下「本件財布」という。)を上着ポケットから取り出してAの手元に置いた。甲は、本件財布を拾って中身を見たところ、本件財布内に資産家名簿の流出先を示すものはなかったが、現金6万円が入っているのが分かり、その現金がにわかに欲しくなった。甲は、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら、Aに「この財布はもらっておくよ。」と言った。Aは、本件財布を甲に渡したくなかったが、抵抗する気力を失っていたので何も答えられずにいた。そこで、甲は、本件財布を自分のズボンのポケットに入れた。

2 甲は、Aの追及には時間が掛かると考え、同じグループの配下の乙(25歳、男性)に見張りを頼むこととし、電話で乙を呼び出した。同日午後8時30分頃、乙がB公園に到着すると、甲は、一旦、食事に出掛けることにして、乙に「小遣いをやるから、Aを見張っておけ。」と言った。乙は、おびえているAの様子から、甲がAに暴力を振るったことを理解し、「分かりました。」と答えた。甲は、本件財布から現金3万円を抜き取った後、「お前が自由に使っていい。」と言って、本件財布を乙に手渡した。

 甲がその場を立ち去ると、乙は、本件財布内の運転免許証を見て、本件財布がAのものだと理解するとともに、A名義のキャッシュカード(以下「本件カード」という。)が入っていることに気付き、Aの預金を引き出して奪おうと考えた。乙は、本件カードを本件財布から取り出して、倒れたままのAに見せつつ、持っていたバタフライナイフの刃先をAの眼前に示しながら、「死にたくなければ、このカードの暗証番号を言え。」と言った。Aは、預金を奪われたくなかったものの、拒否すれば殺されると思い、仕方なく4桁の数字から成る暗証番号を答えようとしたが、暗がりで本件カードを自宅に保管中の別のキャッシュカードと見誤っていたため、本件カードの暗証番号と異なる4桁の数字を答えた。

3 乙は、Aが逃げ出す様子もなかったので、本件カードを使ってAの預金を引き出そうと思い、Aをその場に残して、付近のコンビニエンスストアに向かった。

 乙は、同日午後8時45分頃、上記コンビニエンスストアに設置された現金自動預払機(以下「ATM」という。)に本件カードを挿入し、Aが答えた4桁の数字を入力して預金を引き出そうとしたが、暗証番号が間違っている旨の表示が出たため、ボタンを押し間違えたと思い、続けて同じ4桁の数字を2回入力したところ、ATMに不正な操作と認識されて取引が停止された。

〔設問1〕

 【事例1】における甲及び乙の罪責を論じなさい(盗品等に関する罪(刑法第256条)、建造物侵入罪(刑法第130条)及び特別法違反の点は除く。)。なお、乙の罪責を論じるに際しては、乙がAから暗証番号を聞き出す行為が財産犯における「財産上不法の利益」を得ようとする行為に当たるかという点にも触れること。

【事例2】

(【事例1】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)

4 甲は、資産家名簿の流出先が以前仲間割れしたC(30歳、男性)であるとのうわさを聞き付け、同月10日午後5時頃、Cに電話をして「お前がうちの名簿を受け取っているだろう。」と言ったところ、Cから「お前が無能で管理できていないだけだ。」と罵倒されたことに激高し、C方に出向き、直接文句を言おうと決めた。その際、甲は、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考え、そうなった場合には、むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考えた。そこで、甲は、粗暴な性格の丙(26歳、男性)を連れて行けば、Cから暴力を振るわれた際に、丙がCにやり返してCを痛め付けるだろうと考えて、丙を呼び出し、丙に「この後、Cとの話合いに行くから、一緒に付いて来てほしい。」と言って頼んだ。丙は、Cと面識はなく、甲がCに文句を言うつもりであることやCから暴力を振るわれる可能性があることを何も聞かされていなかったため、甲に付いて行くだけだと思い、甲の頼みを了承した。

5 甲及び丙は、同日午後9時頃、C方前に行くと、甲がCに電話で「今、家の前まで来ているから出て来い。」と言って呼び出した。Cは、C方の窓から甲が丙と一緒にいるのを確認し、甲が手下を連れて来たものと思い腹を立て、「ふざけるな。」と怒鳴りながら、玄関から出た。

 その様子を見た甲は、事前に予想していたとおりCが殴ってくると思い、後方に下がったが、丙は、暴力を振るわれると考えていなかったため、その場にとどまったところ、Cから顔面を拳で1回殴られた。丙は、Cに「やめろよ。」と言い、甲に「こいつ何だよ。どうにかしろよ。」と言ったが、興奮したCから一方的に顔面を拳で数回殴られて、その場に転倒した。

6 甲は、丙らから2メートル離れてその様子を見ていたが、丙にCを痛め付けさせようと考え、丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言った。それを聞いて丙は、身を守るためには、甲の言うとおり、Cを殴るのもやむを得ないと思った。ちょうどその時、Cが丙に対して続けて殴りかかってきたことから、丙は、甲が来る前に立ち上がり、Cの胸倉をつかんで、Cの顔面を拳で1回殴った(以下「1回目殴打」という。)。すると、Cは、一層興奮し「ふざけるな。」と大声を上げた。

7 その頃、丙の友人丁(28歳、男性)は、偶然、普通自動二輪車(以下「本件バイク」という。)を運転してC方前を通り掛かり、丙がCの胸倉をつかんでいる様子を見て、Cが先に丙を殴った事実を知らないまま、一方的に丙がCを殴ろうとしていると思った。けんか好きの丁は、面白がり、丙がCを殴り倒した後、丙がその場から逃走するのを手助けしようと思い、丙に「頑張れ。ここで待っているから終わったらこっちに来い。」と声を掛けた。反撃しようとしていた丙は、それを聞いて発奮し、なおもCが丙に殴りかかってきたことから、身を守るために、Cの顔面を拳で1回殴った(以下「2回目殴打」という。)。丙は、Cがひるんだ隙に、本件バイクの後部座席に座り、丁が本件バイクを発進させて走り去った。

8 丙による暴行(1回目殴打及び2回目殴打)によりCに傷害は生じなかった。

〔設問2〕

 【事例2】における甲、丙及び丁の罪責に関し、以下の⑴及び⑵について、答えなさい。

⑴ 丙による暴行(1回目殴打及び2回目殴打)について、丙に正当防衛が成立することを論じなさい。

⑵ 丙に正当防衛が成立することを前提に、甲及び丁の罪責を論じなさい。その際① 丙による2回目殴打について丁に暴行罪(刑法第208条)の幇助犯が成立するか② 甲に暴行罪の共同正犯が成立するかについて言及しなさい。なお、これらの論述に当たっては

ア 誰を基準として正当防衛の成立要件を判断するか

イ 違法性の判断が共犯者間で異なることがあるか

についても、その結論及び論拠に言及し、①及び②における説明相互の整合性にも触れること。

答案

設問1

第1 甲の罪責

1 甲がAの頭部を拳で殴り、Aの腹部をけった行為につき、傷害罪(刑法204条)が成立しないか。

ア 傷害罪における「暴行」とは、人の身体に対する不法な有形力の行使をいう。

 「傷害」とは、人に生理機能障害や健康状態の不良な変更を与えることをいう。

 甲はAの頭部を殴り、腹部をけるという不法な有形力を行使し、肋骨骨折等の傷害という生理機能傷害を負わせていることから「傷害」に当たる。

イ 傷害罪の故意は、暴行罪の故意があれば足りる。

 暴行罪の故意は、人の身体に対して有形力を行使することの認識をいう。

 相手に傷害を負わせる意思で暴力を振るうことが傷害罪の故意になることはもちろんだが、相手に傷害を負わせる意思はなく、暴力を振るう意思で暴行を行い、結果的に相手に傷害を負わせた場合でも、傷害罪の故意を認めることができる。

 甲はAに執拗に暴行を振るっており、傷害の故意が認められる。

ウ 傷害罪が成立するためには、暴行と身体傷害との間に因果関係があることが必要となる。

 「因果関係」とは、犯罪行為と犯罪結果との間にある原因と結果の関係をいう。

 甲の暴行でAが傷害を負ったことは明らかであり、暴行と傷害の間に因果関係が認められる。

エ よって、甲にAに対する傷害罪が成立する。

2 甲が本件財布を自己のポケットに入れた行為につき、強盗罪(刑法236条1項)が成立しないか。

⑴ア 強盜罪における「暴行・脅迫」とは、財物を強取する手段としての暴行・脅迫であり、被害者の反抗を抑圧するに足りる程度の行為であることを要する。

 「強取」とは、被害者の反抗を抑圧するに足りる暴行・脅迫を加えて、財物の占有を自己又は第三者に得させることをいう。

 つまり、「強取」といえるためには、「財物を奪取する手段としての暴行」である必要があるため、暴行・脅迫が財物奪取に向けられていない場合は「強取」に当たらず、強盗罪は成立しない。

 このため、暴行・脅迫が財物奪取の意図と無関係に行われた後で、財物領得の意思を生じて、相手の畏怖の状態を利用して財物を領得した場合、これを強盗罪と認定するためには、財物領得の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫を行うことが必要となる(以下、「新たな暴行・脅迫必要説」という。

 ただし、先に財物奪取の意図と無関係に行われた暴行・脅迫により被害者が畏怖した状態が維持・継続していることを利用して財物を奪取した場合には、財物奪取の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫がなくても、強盗罪が成立すると考えることも可能である(以下、「維持継続説」という)。

イ 「新たな暴行・脅迫必要説」は、強盗罪は相手方の反抗を抑圧するに足りる暴行または脅迫を手段として財物を奪取することによって成立する犯罪であるから、その暴行または脅迫は財物奪取の目的をもってなされるものでなければならないとするものである。

 そのため、当初は財物奪取の意思がなく、他の目的で暴行または脅迫を加えた後に至って、初めて奪取の意思を生じて財物を取得した場合においては、犯人がその意思を生じた後に、あらためて被害者の抗拒を不能ならしめる暴行ないし脅迫に値する行為が存在してはじめて強盗罪の成立があるものと解するものである。

ウ 「維持継続説」は、先に加えられた暴行・脅迫により被害者の畏怖が維持・継続した状態を利用し、財物を領得する行為は、暴行・脅迫を用いて財物を強取するに等しいと解し、新たな暴行・脅迫がなくても、強盗罪が成立すると解するものである。

 「維持継続説」と採る場合、被害者は、先に加えられた暴行・脅迫の影響により、すでにある程度、抵抗困難な状態に陥っているのが通例であろうから、その後の暴行・脅迫は、通常の強盗罪の場合に比し、程度の弱いもので足りると解する。

 また、前に犯人が暴行・脅迫を加えている関係上、被害者としては、さらに暴行・脅迫を加えられるかもしれないと考えやすい状況にあるわけであるから、犯人のささいな言動もまた被害者の反抗を抑圧するに足りる脅迫となりうると解する。

エ 本件につき、甲は、Aに対する暴行に及んだ後、既に抵抗する気力を失っていたAに対し、「持っているものを見せろ。」と言って所持品を提示するように求めたところ、Aは上着ポケットから本件財布を取り出してAの手元に置いている。

 甲は、本件財布の中身を確認したところ6万円が入っていることを知り、この時初めて領得の意思が生じ、Aが恐怖で抵抗できないことを認識した上で6万円を自己のズボンのポケットに入れて領得している。

 Aの「持っているものを見せろ。」という発言は、Aが先の暴行で肋骨骨折等という重傷を負っている状況下においては、強度の脅迫はではないが、社会通念上、客観的に、被害者の反抗を抑圧するに値する脅迫であるといえる。

 Aの「持っているものを見せろ。」という発言は、「新たな暴行・脅迫必要説」を採った場合でも、「あらためて被害者の抗拒を不能ならしめる脅迫に値する行為が存在している」に当てはまるので、強盗罪の成立が認められる。

 「維持継続説」を採った場合でも、被害者の畏怖が維持・継続した状態を利用しているので新たな暴行・脅迫は不要である上、「犯人のささいな言動もまた被害者の反抗を抑圧するに足りる脅迫となりうる」に当てはまるので、強盗罪の成立が認められる。

 よって、甲が本件財布を自己のポケットに入れた行為は、Aの反抗を抑圧するに足りる暴行・脅迫を加えて奪取したものといえ、「強取」に当たる。

⑵ 「他人の財物」とは、犯人以外の者が占有・所有する財物をいうところ、本件財布は、Aが所有する「他人の財物」である。

⑶ 不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様に、その経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思をいうところ、甲は6万円を欲しいと思って強取しているので、不法領得の意思が認められる。

⑷ よって、強盗罪が成立する。

3 強盗罪の手段として暴行・脅迫は、強盗罪に吸収される

 よって、Aの「持っているものを見せろ。」という発言に脅迫罪刑法222条)は成立せず、脅迫行為は強盗罪に吸収される。

4 傷害が終わった後に、財物強取の意思が生じ、財物を強取した場合は、財物を強取するために傷害を加えたものではないため、強盗致傷罪(刑法243条236条)ではなく、傷害罪(刑法204条)と強盗罪のニ罪が成立する。

 甲は、Aに傷害を負わせた後に、財物強取の意思が生じ、本件財布を強取しているので、強盗致傷罪ではなく、傷害罪と強盗罪の二罪が成立する。

5 以上より、甲にAに対する傷害罪と強盗罪が成立する。

 両罪は、併合罪刑法45条前段)となる。

第2 乙の罪責

1 乙がAにナイフを突き付けて暗証番号を聞き出した行為につき、強盗利得罪(刑法236条2項)が成立しないか。

⑴ 強盗罪における「脅迫」とは、財物を強取する手段としての脅迫であり、被害者の反抗を抑圧するに足りる程度の害悪の告知をいう。

 その判断は、社会通念に基づき客観的になされる。

 乙は、バタフライナイフという殺傷能力の高い凶器をAの眼前に示し、「死にたくなければカードの暗証番号をいえ」という生命の侵害を暗示する言葉を用いていることから、Aの反抗を抑圧するに足りる程度の害悪の告知といえ、強盗罪における「脅迫」に当たる。

⑵ 既に甲からA名義のキャッシュカードを譲り受けている乙が、Aから同キャッシュカードの暗証番号を聞き出した行為が「財産上不法な利益を得た」といえるか。

 客体について、強盗罪(刑法236条1項)の客体が「他人の財物」という物理的な物であるのに対し、強盗利得罪は「財産上の不法の利益」という物理的な物ではなく、無形の価値であることに違いがある。

 「財産上の利益」は、財物以外の財産的利益を意味する。

 キャッシュカードを領得した犯人が、被害者に暴行・脅迫を加え、その反抗を抑圧して、被害者から当該口座の暗証番号を聞き出した場合、犯人は、ATMの操作により、キャッシュカードと暗証番号による機械的な本人確認手続を経るだけで、迅速かつ確実に、被害者の預貯金口座から預貯金の払戻しを受けることができるようになる。

 このように、キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つ者は、あたかも正当な預貯金債権者のごとく、事実上、当該預貯金を支配しているといえる。

 キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことは、それ自体財産上の利益とみるのが相当である。

 キャッシュカードを領得した犯人が、被害者から、その暗証番号を聞き出した場合には、犯人は、被害者の預貯金債権そのものを取得するわけではないものの、キャッシュカードとその暗証番号を用いて、事実上、ATMを通して当該預貯金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位という財産上の利益を得たものというべきである。

 よって、既にA名義のキャッシュカードを所持している乙が、Aからキャッシュカードの暗証番号を聞き出したことは「財産上不法な利益を得た」といえる。

⑶ 「強取」とは、被害者の反抗を抑圧するに足りる暴行・脅迫を加えて、財物の占有を自己又は第三者に得させることをいうところ、Aは上述のとおり、脅迫を用いて暗証番号を聞き出していることから「強取」に当たる。

⑷ 不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様に、その経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思をいうところ、乙はA名義の口座から本件キャッシュカードと暗証番号を用いて預金を引き出して奪おうと考えて強取しているので、不法領得の意思が認められる。

⑸ もっとも、Aは、本件キャッシュカードの暗証番号とは異なる4桁の数字を乙に伝えているので、乙はAの預金の払戻しを受けることができる地位を取得することができていない。

 よって、乙がAから暗証番号を聞き出した行為は「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった」として未遂犯となる(刑法43条)。

⑹ よって、乙にAに対する強盗利得未遂罪が成立する。

2 乙が本件キャッシュカード及び暗証番号を用いてATMから預金を引き出そうとした行為につき、窃盗未遂罪(刑法243条235条)が成立しないか。

⑴ 乙がAから聞き出した暗証番号は間違った番号であり、ATMに本件キャッシュカードを挿入し、暗証番号を入力したとしても現金を引き出すことは不可能であったのだから不能犯とならないか。

ア 不能犯とは、犯罪の実行行為と見られるような行為をしたが、その行為では、犯罪行為を実現する可能性(危険性)がなかったために、犯罪結果が発生しなかった場合をいう。

 犯罪行為の実行があったといえるためには、その行為が犯罪を実現できる性質のものでなければならない。

 犯罪の実現が客観的に不能な行為は、犯罪の実行行為があったとはいえず、法益侵害の現実的危険性が発生していないので、犯罪が成立しない。

 もっとも、「実行行為」とは、法益侵害(構成要件的結果)が発生する現実的危険性を有する行為をいう。

 現実的危険性を有し、実行行為性が認められるか否かの判断は、犯行の時点に立って、「一般人が認識し、予見できた事情」と「犯人が特に認識し、予見できた特別の事情」を基に判断すべきである

 よって、不能犯の成否を判断するにあたり、かかる観点から、実行行為性の有無を見極める必要がある。

イ 暴行・脅迫を加えられて抵抗する気力を失って降伏状態といえるAは、乙に正しい暗証番号を伝えるのが通常であるといえる。

 にもかかわらず、誤った暗証番号を乙に伝えることは、「一般人が認識し、予見できた事情」とはいえず、「犯人が特に認識し、予見できた特別の事情」ともいえないことから、実行行為性を認める基礎事情から除外される。

 そうすると、乙がATMに本件キャッシュカードを挿入して暗証番号を入力する行為は、Aの預金から現金が引き出される現実的危険がある行為といえる。

 したがって、不能犯とはならない。

⑵ では、実行の着手は認められるか。

 「実行行為」とは、法益侵害(構成要件的結果)が発生する現実的危険性を有する行為をいう。

 そして、「実行の着手」は、法益侵害の現実的危険が発生した時点で認められる。

 法益侵害の現実的危険性のある行為の開始をもって、実行の着手が認められるので、この時点で未遂罪(刑法43条前段)の成立が認められる。

 これは、法益侵害の現実的危険が発生すれば、犯罪の結果が発生していなくても、当該行為を未遂罪として処罰する価値が生まれるためである。

 乙がATMに本件キャッシュカードを挿入して暗証番号を入力する行為は、Aの預金から現金を引き出すことと密接な行為であることから、法益侵害の現実的危険が発生した行為であるといえ、実行の着手が認めらる。

 結果的にATMに不正な操作と認識されて取引が停止され、乙は犯行と遂げることができなかった。

 よって、未遂罪の成立が認めれる。

⑶ 「他人の財物」とは、犯人以外の者が占有・所有する財物をいうところ、ATM内にある現金は、ATM管理者が管理・支配する現金なので「他人の財物」である。

⑷ 「窃取」とは、目的物の占有者の意思に反して、その占有を侵害し、その物を自己または第三者の占有に移すことをいうところ、ATM内にある現金を不正に引き出す行為は、ATM管理者が管理する現金の占有を侵害する行為なので、「窃取」である。

⑸ 不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様に、その経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思をいうところ、乙はATMから引き出した現金を自己のものにする意思なので、不法領得の意思が認められる。

⑹ よって、窃盗未遂罪が成立する。

3 以上より、乙に①Aに対する強盗利得未遂罪、②ATM管理者に対する窃盗未遂罪が成立する。

 ①②は、被害者が異なり、別個の法益侵害が発生していることから、併合罪となる。

設問2⑴

1 暴行罪(刑法208条)における「暴行」は、人の身体に対する不法な有形力の行使をいう。

 丙がCの胸倉をつかんで殴り、その後、更に殴った行為は「暴行」に当たり、故意も認められ、暴行罪の構成要件を満たす。

⑵ 1回目の殴打に正当防衛(刑法36条1項)が成立するか。

ア 正当防衛とは、急迫不正の侵害に対して、自分または他人を守るために、やむを得ずにした反撃行為をいう。

 刑法36条の趣旨は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである。

 「急迫不正の侵害」とは、違法な法益侵害が現に存在するか、目の前に差し迫っていることをいう。

 丙は、既に顔面をCから数回殴られており、その上で、更にCから殴りかかられており、丙の身体の安全という法益侵害が現に存在し、目の前に迫っていることから「急迫不正の侵害」の存在が認められる。

イ 正当防衛には、「防衛の意思」が必要である。

 「防衛の意思」は、憤慨・憎悪の感情や攻撃の意思があっても、直ちに防衛の意思が失われるものではない。

 憎悪の念を持ち攻撃を受けたのに乗じ積極的な加害行為に出たなどの特別な事情が認められない限り、反撃行為は防衛の意思をもってなされたものと認めるのが相当であると解する。

 丙は、甲から「俺がCを押さえるから、Cを殴れ」と言われた後にCを殴っているが、これをもって積極的な加害行為に出たとは認められず、自己の身を守るために、Cの胸倉をつかんで1回殴っていることから、「防衛の意思」が認められる。

ウ 正当防衛が成立するためには、反撃行為が「やむを得ずにした反撃行為」であることを要する。

 「やむを得ずにした反撃行為」といえるためには、具体的事情の下において、防衛行為が、必要かつ相当なものであったこと、すなわち「防衛行為の相当性」があったことを要する。

 「防衛行為の相当性」を判断するには、法益の権衡(侵害行為と反撃行為が同程度のパワーバランスにある)、防衛行為の態様の2つの要素から考える必要がある。

 丙は、素手であるCに対し、同じく素手でCの胸倉をつかみ、その顔面を1回殴ったに過ぎず、防衛行為の態様は過剰ではなく、法益の権衡が保たれていることから、「防衛行為の相当性」が認められる。

エ よって、1回目の殴打に係る暴行罪について、正当防衛が成立する。

⑵ 2回目の殴打に正当防衛が成立するか。

 Cは1回目の殴打に続き、更に丙に殴りかかっており、丙の身体の安全という法益侵害が現に存在し、目の前に迫っていることから「急迫不正の侵害」の存在が認められる。

 丙は、丁から「頑張れ。」などと声を掛けられ奮起しているが、これをもって積極的な加害行為に出たとは認められず、自己の身を守るためにCの顔面を1回殴っていることから、「防衛の意思」が認められる。

 丙は、素手であるCに対し、同じく素手でCの顔面を1回殴ったに過ぎず、防衛行為の態様は過剰ではなく、法益の権衡が保たれていることから、「防衛行為の相当性」が認められる。

 よって、2回目の殴打に係る暴行罪についても、正当防衛が成立する。

設問2⑵

第1 甲の罪責

1 甲に暴行罪の共同正犯(刑法60条)が成立しないか。

⑴ 甲は暴行の実行行為を行っていないことから、共謀共同正犯の成否が問題となる。

 共謀共同正犯とは、共謀はあるが、犯罪の実行行為の分担がない場合の共同正犯をいう。

 共謀共同正犯が成立するには、2人以上の者が特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となって、互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする意思を持って謀議をなし、犯罪を実行した事実があることが必要である。

 上記の各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議に参加した事実が認められる以上、直接実行行為に関与しない者でも、他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行ったという意味において、共同正犯の刑責を負う。

 まず、甲と丙に共謀が成立するか。

 「共謀」とは、正犯意思をもって、相互的意思連絡を形成することをいう。

 甲は、丙に対し、「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と申し向け、丙は甲の言うとおり、Cを殴ってもやむを得ないと思い、Cを殴っていることから、甲の申し向けを了承していると認められる。

 甲は、丙にCを痛めつけさせようと考えており、積極性が認められ、自己の犯罪として行う意思を有していたといえ、正犯意思も認められる。

 よって、甲は、正犯意思をもって、丙と相互的意思連絡を形成したことが認められ、共謀の成立が認められる。

 次に、共謀に基づく丙の実行行為が認められるか。

 丙は、甲との共謀に基づき、Cを殴っており、共謀に基づく実行行為が認められる。

 丙の実行行為と乙の上記申し向けに因果性が認められ、甲は、乙の行為を利用し、乙と一体となってCに対する暴行を行ったとして、正犯と評価するに足りる寄与あったと認められる。

 よって、甲と丙に暴行罪の共同正犯の成立が認められる。

⑵ もっとも、共犯者である丙に暴行罪の正当防衛が認められるため、甲にも正当防衛が成立するのではないか。

ア 共同正犯が成立する場合における正当防衛の成否は、共同正犯者の各人につきそれぞれその要件を満たすかどうかによって判断すべきである

 なぜならば、共犯事案において、共犯者の一人にとっては急迫性があるため、正当防衛が成立するが、他の共犯者には急迫性がなく、正当防衛が成立しないという事態が起こり得るためである。

イ 正当防衛における「急迫不正」を判断するにあたっては、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである。

 その場合の急迫性の判断に際して考慮すべき事情として、①防衛行為者と相手方との従前の関係、②予期された侵害の内容、③侵害の予期の程度、④侵害回避の容易性、⑤侵害場所に出向く必要性、⑥侵害場所にとどまる相当性、⑦対抗行為の準備の状況(特に、凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等)、⑧実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同、⑨防衛行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容が挙げられる。

 上記のような先行事情を含めた行為全般の状況を踏まえ、防衛行為が上記刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。

 先行事情を含めた行為全般の状況は共犯者によって異なることから、先行事情を含めた行為全般の状況を踏まえて急迫性の判断を行うと、共犯者に一部については、急迫性の要件を満たさず、正当防衛が成立しないという状況が起こり得る。

ウ そのため、甲を基準とし、正当防衛の成立要件を判断する。

 本件につき、甲とCは仲間割れをしており、関係性は悪かった(①の事情)。

 Cは粗暴な性格であり、甲はCから殴れられるかもしれないことを予期し、その場合に備えて丙を連れて行く判断をしていることから、その予期の程度は相当高いと認められる(②③の事情)。

 甲はC方に行かないことで侵害は容易に回避できた。また、Cを電話で呼び出し、Cが自宅から出てくるのを待ち構える必要もなかった(④⑤⑥の事情)。

 甲はCに対抗するため、粗暴な性格の丙を連れて行っていた(⑦の事情)。

 実際に行われたCの侵害行為は拳で丙の顔面を殴るというものであり、甲が予期した侵害と同等のものであった(⑧の事情)。

 防衛者である丙には、上述のとおり、防衛の意思が認められるが、甲は、丙にCを痛めつけさせようと思っていることから、防衛の意思意思は認められない(⑨の事情)。

 上記のような先行事情を含めた本件行為全般の状況から、甲はAの侵害を予期することも回避することも容易であった上、粗暴な性格の丙を連れて行き、Cを痛めつける準備をしており、Cを加害する意思も認められることから、甲の行為は、上記刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとは認められず、侵害の急迫性の要件を充たさないというべきである。

 よって、甲に「急迫不正の侵害」の存在は認められない。

 したがって、甲については「急迫不正の侵害」の存在が認めれらない以上、正当防衛は成立しない。

2 以上より、甲にCに対する暴行罪の共同正犯が成立する。

第2 丁の罪責

1 丁に暴行罪の幇助犯刑法62条1項)が成立しないか。

⑴ 「幇助」とは、正犯の実行行為を容易にし、促進することをいう。

 幇助犯が成立するためには、①幇助の意思があること、②幇助された者が犯罪を実行することが必要となる。

 「幇助の意思」があるといえるには、自分の幇助行為により、幇助された者の犯罪の実行が容易になることを認識・容認することが必要になる。

 幇助行為があったいえるためには、幇助行為が正犯の行為を物理的・心理的に容易にし、促進したと認められれば足りる。

 乙は、丙がCを殴り倒すことを認識した上、丙の逃走を手助けしょうと思い、丙に対し「頑張れ。ここで待っているから終わったらこっちに来い。」と声を掛けていることから、自分の幇助行為がCの暴行の実行を容易にさせることを認識しているといえ、「幇助の意思」が認められる。

 そして、丙はCの顔面を1回殴っていることから、暴行行為を実行している。

 乙の幇助行為は、甲の犯行がうまくいくように手助けするものであり、甲の犯行を物理的・心理的に容易にし、促進するものであったと認められる。

 現に丙は、暴行行為後、丁のバイクの後部座席に座り、逃走することができている。

 よって、暴行罪の幇助犯の構成要件を満たす。

⑵ もっとも、正犯の丙は正当防衛により暴行罪が成立しないところ、従犯の丁には丙の暴行罪の幇助犯の成立を認めることができるのか。

 幇助犯は正犯を手助けした者であり、正犯ではない。

 幇助行為は、あくまで正犯の犯行を容易にし、促進する行為であって、正犯を通して違法な行為を惹起することに処罰根拠がある。

 そのため、正犯の違法性阻却事由を幇助犯も連帯すると解する。

 これは、共同正犯者は、正犯であり、自己の行為で犯罪を実現した者なので、共同正犯の場合は他の共犯者と違法性阻却事由を連帯しないことと矛盾するものではない。

 よって、正犯の丙の暴行罪に正当防衛が成立する以上、従犯の丁の暴行罪の幇助犯にも正当防衛が成立することとなる。

2 したがって、正当防衛により違法性が阻却され、丁に暴行罪の幇助犯は成立しない。

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