刑法(詐欺罪)

詐欺罪㉔ ~「手形・小切手に関する詐欺(内容虚偽の荷為替手形を用いて銀行から現金の交付を受けた事案)」を判例で解説~

手形・小切手に関する詐欺

 詐欺罪(刑法246条)について、手形小切手に関する詐欺の判例を紹介します。

内容虚偽の荷為替手形を用いて、銀行から現金の交付を受けた事案

大審院判決(大正15年3月30日)

 被告人が、Y銀行T支店に20万円を預け入れ、小切手当座取引を開始した上、Y銀行上海支店あてに、上海にある羅紗地代金(織物生地の代金)に相当する70万円のC号指図書を発行してもらいたい旨を申し入れ、この発行を受け、他方、上海で約1万9000円の羅紗地を買い入れ、これを70万円の価格があるもののように、その数量及び価格を仮装した送り状、船荷証券を添えて荷為替手形を発行し、これをY銀行上海支店に提出し、その手形割引名義のもとに70万円の交付を受けた行為について、裁判官は、

  • Y銀行T支店発行にかかるC号指図書は、発行依頼者に対する人的信用のみにとどまらず、なお荷為替に付したる貨物に対する対物信用をも基礎とするものにして、その指図を受けたるY銀行上海支店は、その指図書記載の金額を荷送人の振出にかかる荷為替手形に指定せられたる貨物の価格とが同等なることを前提として、荷為替手形を買取るものなることを推知するに難しからざれの、被告人の行為は詐欺罪を構成する

と判示しました。

東京高裁判決(昭和60年3月18日)

 被告人が、あたかも新品の建設機械を輸出するかのように偽って、外国の輸入業者との間にその旨の輸出契約を締結し、その輸入業者をして、その取引銀行に輸出代金決済のための商業信用状を開設させてこれを入手する一方、実際には契約機械よりもはるかに安価な中古の建設機械を新品のように偽装して船積しながら、契約どおりの新品の機械を船荷したとするいずれも内容虚偽の輸出報告書、船荷証券等の船積書類を入手した上、11回にわたり、取引各銀行の各係員に対し、その商業信用状付荷為替手形を内容虚偽の船積書類とともに呈示して、その買取り又は取立てを依頼し、荷為替手形買取代金又は取立代金名下に振替入金させた行為について、詐欺罪を構成するとしました。

 この裁判で、被告人の弁護人は、

  • 荷為替手形の買取りの場合、銀行係員としては、信用状の記載と船積書類のそれとが形式文言上、一致するかどうかを確認すれば足り、それ以上に信用状や船積書類の記載と実際の船積貨物とが合致するかどうかまで確認する必要ないし義務はないのである
  • また、荷為替手形の取立ての場合は、銀行係員は、受け取った書類が取立指図書に掲げられたものであるかどうかを確認するだけで足り、信用状の記載と船積書類のそれとが一致するかどうか確認する必要さえないのであるから、いずれの場合についても、銀行係員につき、信用状や船積書類の記載と実際の船積貨物との間における錯誤の有無を論ずる余地はない

とし、詐欺罪は成立しないと主張しました。

 これに対し、裁判官は、

  • 記録によれば、銀行が信用状付荷為替手形の買取を依頼された場合、所論のいうように、銀行としては、信用状の記載と船積書類のそれとが形式文言上一致していることの確認ができれば当該手形を買取るのが通常の取扱であり、かつ、この点を確認している限り、買取銀行は、その後、信用状発行銀行等に対して、手形金の支払を請求し得るものと認められ、本件においても、各買取銀行は、この点のみを確認して荷為替手形の買取をなしたものと認められる
  • しかし、原判決も説示するように、信用状付荷為替手形の買取を依頼された銀行は、信用状の確認銀行でない限り、信用状の記載と船積書類のそれとが形式文言上合致している場合であっても、買取るか否かの自由を有しているものと認められるから、信用状付荷為替手形の買取申込に際して、もしその事実が明らかになれば、銀行が買取を拒絶するような点をことさら秘匿し、銀行においてもその事実がないものと信じて荷為替手形を買取った場合は、銀行につき、その後、信用状発行銀行等から手形金の支払を受けるなどして、結局、実害のない場合においても詐欺罪が成立するものと解すべきであり、かつ、このことは荷為替信用状に関する統一規則及び慣例に定められている銀行の免責条項と何ら矛盾するものではないというべきである
  • しかるところ、本件において、信用状付荷為替手形の買取申込を受けた各銀行の担当者であるAらは、いずれも原審証人として、被告人らの提出した船積書類の記載内容が真実であって、商業信用状の記載と一致する建設機械が船積されたものと誤信したからこそ、荷為替手形を買取ったのであり、実際に船積された機械が輸出契約の内容と異なる粗悪品であったり、船積書類の記載内容が虚偽であることが事前に判明していれば買取を拒絶するか、少なくともその場で直ちに買取を受諾するようなことはしない旨述べており、右各供述は、商取引における信義誠実の原則や、銀行の社会的信用及びその道義的責任に照らしても、十分信用するに値すると認められ、かつ、これによれば、本件において右各銀行の係員が被告人らの行為によって錯誤に陥ったことは明白というべきである
  • 次に、銀行が信用状付荷為替手形の取立を依頼された場合について考えるに、所論は、この場合、銀行として信用状の記載と船積書類のそれとがー致するかどうかすら確認する必要がないというのであるが、両者が不一致の場合は、信用状発行銀行等において手形金の支払を拒絶し得ることが明白であるから、取立の依頼を受けた銀行として、この点の確認もせずに取立を受任するとは到底認められず、所論はにわかに採用し難い
  • そして、本件において、荷為替手形の取立を依頼されたM銀行K支店としても、この点を確認し、かつ少なくともその時点においては、被告人らの提出した船積書類の記載内容が真実であって、商業信用状の記戴と一致する建設機械が船積されたものと誤信したからこそこれを受任したものであり、この点、荷為替手形の買取を依頼された場合と異なるところのないことは,、同銀行の担当者であるBらの原審公判廷における証人としての各供述、並びにBの検察官に対する供述調書及び当審公判廷における証人としての供述によって十分に認められるところである
  • すなわち、本件において、荷為替手形の取立を依頼された銀行員もまた被告人らの行為によって錯誤に陥ったものというべきである

と判示して、弁護人の主張を排斥し、詐欺罪の成立を認めました。

大阪高裁判決(昭和60年11月28日)

 国内の貿易業者に対し、その取引銀行に商業信用状を開設させるべく人を欺く行為に及んだ行為について、貿易業者が銀行の行う商業信用状開設処分につき、事実上これをさせる可能的地位にあったことを理由として、詐欺罪の実行の着手を認め(詐欺罪の結果発生には至っていない)、詐欺未遂罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 被告人らは共謀のうえ、実際は、貨物を輸入するつもりがないのに、その実があるように装って、本邦の貿易商社にその輸入手続を依頼して、信用状を解説させ、支払保証を得ようと企て、S材木店経営者Kに対し、U社とN貿易株式会社間のパームオイル輸入契約及び同オイルをT商事が買い取る旨の契約は架空のものであるのに事実であるかのように嘘を言い、信用状金額の4パーセントの謝礼の提供をも約して、同オイルの輸入手続の代行とその取引銀行での信用状開設手続を依頼したが、S材木店経営者Kが、その取引銀行のM銀行及び同銀行の代行銀行であるD銀行に対し、信用状開設の依頼をするにまで至らなかった
  • S材木店経営者Kにおいては、自己において信用状の開設を意図すれば、容易に実現をはかることができ、信用状を解説するか否かは、事実上、同人のその旨の意思の有無にかかってくるものと認めることができる
  • そして、詐欺罪は、人を欺罔して、財物を騙取し、若しくは財産上不法の利益を得る犯罪であり、その欺罔に着手した時点において、犯罪の実行の着手があるとされるものであり、その欺罔に着手した時点において、犯罪の実行の着手があるとされるものであるが、右の欺罔される者とその欺罔の結果財産上の処分を行う者(財産上の被害者)とは、必ずしも同一人である必要はなく、被欺罔者が財産上の処分者(被害者)に対し、事実上又は法律上その被害財産の処分をなし、又はなさしめ得る可能的地位にあることをもって足りるものと解される
  • 本件においては、被告人らは、S材木店経営者Kを欺罔して、その取引銀行に信用状を開設させようと企て、架空の貿易取引を装い、かつ、多額の代行手数料を支払うとの好餌をもって、これに働きかけているのであるが、同人がその働きかけに応じて、取引銀行であるM銀行に対し、所定の信用状開設の依頼をすれば、後の同開設に伴う支払及び損害は、全て同人において実質的に補填する約定となっている関係上、ほぼ確実にD銀行による信用状の開設が行われる仕組みになっていることから、S材木店経営者Kは、本件財産上の被害者であるD銀行の右財産上の処分につき、事実上、これをなさしめ得る可能的地位にあるものと評して差し支えない
  • 従って、S材木店経営者Kは、詐欺罪における財産上の被害者とは別個の実質的被害者と認められ、これに対して欺罔行為に着手した被告人らの犯行は、単なる詐欺の予備行為に当たるにとどまらず、優に詐欺罪の実行の着手に至っているものと認めるのを相当とする

と判示し、詐欺未遂の成立を認めました。

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