裁判官、登記官を欺き、誤った登記をさせた場合の詐欺罪の成否
裁判官、登記官を欺き、誤った登記をさせる行為に対する詐欺罪(刑法246条)の成否について、判例を紹介します。
登記官吏を欺ても、登記官吏は、質権、不動産を処分しうる権限・地位を有しないから、詐欺罪は成立しないとした判例
大審院判決(大正6年11月5日)
登記官吏に対し、質権者名義を冒用した偽造の質権放棄承諾書を提出し、質権消滅の登記をさせた場合について、登記官吏は質権、不動産を処分しうる権限・地位を有しないから、詐欺罪は成立しないとしました。
裁判官は、
- 登記官吏が質権者名義を冒したる偽造の質権放棄承諾書を信じて、犯人の申請に基づき、質権消滅の登記をなしたりとするも、登記官吏は質権に関して、処分の権限又は地位を有するものにあらざれば、犯人は、登記官吏の意思により財産上不法の利益を領得すること能わざるのみならず、名義を冒用せられたる者は、文書を偽造せられたるに止まり、欺罔により質権放棄の意思表示を示したるものにあらざるをもって、刑法第246条第2項の詐欺罪を構成せざるものとす
と判示しました。
不動産売渡証書を偽造行使して登記官吏を欺き、自己に所有権移転の登記をさせた場合について、登記官吏は質権、不動産を処分しうる権限・地位を有しないから、詐欺罪は成立しないとしました。
裁判官は、
- 詐欺罪における騙取とは、欺罔手段により被欺岡者を錯誤におとしいれ、その錯誤にもとづく処分行為によって、財物の占有を取得することをいい、右処分行為は、財物の占有者において、はじめてなし得るものであるから、処分権限のない者の行為を通じて占有を取得しても騙取とはいえない
- すなわち、偽造の不動産売渡証書などにより欺岡された登記官吏が不動産の所有権移転の登記をなしたとしても、登記官吏はその不動産を処分する権限を有しないから、それだけでは詐欺罪は成立しない
- 本件各土地の所有権移転登記は、所有者らの意思にもとづかず、内容虚偽の登記申請委任状などによって、登記官吏を欺いた結果なされたものにすぎず、登記官吏には、不動産を処分する権限も地位もないのであるから、被告人らの所為によって、被告人らが、前記土地を騙取したものということはできない
と判示しました。
他人の所有する不動産を自己の所有であると主張して、他人がその不動産を横領したと虚偽告訴しても、刑事裁判は権利を確定する効力を持たないから、詐欺罪の実行に着手したことにならないとした判例
大審院判決(大正6年3月8日)
この判例で、裁判官は、
- 第三者にして詐欺の目的となりたる財物その他財産上の利益につき、処分をなすを得べき権限または地位を有する場合にあらざれば、これを欺罔するも、詐欺罪を構成することなし
- 故に、詐欺罪は、訴訟人が裁判官を欺岡して財産上不法の利益を領得することにより成立するはもちろんなりといえども、この場合は、その裁判により訴訟人が財産上の不法利益を領得することによって、訴訟人が裁判上の給付を受け、または、その主張したる権利を確認せらるること等に関し、当事者間に確定裁判の効力を生ずるが故に、その裁判官を欺罔する行為が詐欺罪の構成の一要素となるにほかならず、故に、民事上、何らの確定裁判の効力を生ずることなく、単に刑事上有罪の裁判を得んがため、他人の所有に属する不動産を自己の所有なりと主張し、他人がその不動産につき、横領その他犯罪をなしたる旨をもって虚偽告訴する行為は、詐欺罪の実行に着手したるものというべからず
と判示し、他人の所有する不動産を自己の所有であると主張して、他人がその不動産を横領したと虚偽告訴しても、刑事裁判は権利を確定する効力を持たないから、詐欺罪の実行に着手しておらず、詐欺罪は成立しないとしました。
裁判官を誤信させて宅地の所有権移転登記をさせる行為は、詐欺罪を成立させないとした判例
被告人らが、宅地の所有者の氏名を冒用して、簡易裁判所に起訴前の和解の申立てをし、裁判官を誤信させて自己に宅地の所有権移転登記手続をする旨の内容虚偽の和解調書を作成させた上、その正本を、登記原因を証する書面として登記官吏に提出し、登記簿に所有権移転の不実の記載をさせた事案で、その宅地についての詐欺罪の成立を否定しました。
裁判官は、
- 詐欺罪が成立するためには、被欺罔者(欺かれた者)が錯誤によってなんらかの財産的処分行為をすることを要すると解すべきところ、本件で被欺罔者とされている日下部簡易裁判所の裁判官は、起訴前の和解手続において出頭した当事者間に和解の合意が成立したものと認め、これを調書に記載せしめたに止まり、宅地の所有者に代ってこれを処分する旨の意思表示をしたものではない(この点、裁判所を欺罔して勝訴判決をえ、これにもとづいて相手方から財物を取得するいわゆる訴訟詐欺とは異なるものと解すべきである)
- また、本件宅地の所有権移転登記も、所有者の意思に基かず、内容虚偽の前記和解調書によって登記官吏を欺いた結果なされたものにすぎず、登記官吏には、不動産を処分する権限も地位もないのであるから、これらの被告人の行為によって、被告人らが宅地を騙取(詐取)したものということはできない
と判示し、登記官吏には不動産を処分する権限がないから、これを欺いて不実の登記をさせても詐欺罪が成立しないとしました。
ちなみに、訴訟詐欺については、裁判所を欺いて勝訴判決を得て、敗訴者から財物を交付させる場合であり、裁判所自体に敗訴者の財産を処分する権限が認められるため、詐欺罪が成立します。
裁判所書記官補と執行吏を欺いて強制執行させた事案で詐欺罪は成立しないとした判例
裁判所書記官及び執行吏を欺いて強制執行させた事案で、最高裁において、詐欺罪の成立を認めた第一審、二審判決を破棄し、無罪を言い渡しました。
まず、第一審判決において、
- 被告人Aは、昭和28年8月29日大阪簡易裁判所において、裁判上の和解により、金融業F商事株式会社に対する300万円の債務の存在を承認し、その担保として自己所有の家屋一棟を提供し、これに抵当権を設定し、その登記および代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記を経由したが、その後、債務を完済したので、同年12月2日前記各登記は抹消され、前記和解調書はその効力を失ったそのため、かねて被告人Aに対し債権を有し、その担保として前記不動産に対し、後順位の抵当権の設定を受け、その登記および代物弁済予約を登記原因とする同家屋の所有権移転請求権保全の仮登記を経由していたKが一番抵当権者に昇格し、昭和30年4月25日その権利の実行として同不動産の所有権移転登記を了した上、同年5月9日、同不動産の明渡の強制執行(以下、第一の強制執行という)をしたので、同家屋はKの所有かつ占有するところとなった
- しかるに、被告人A、B (A、 Bは夫婦)は、他3名と共謀の上、同家屋の奪回を企て、すでに同家屋は被告人Aの所有、占有を離れているのに、依然として同被告人が所有、占有しているかのように装い、同年11月18日頃、大阪簡易裁判所に対し、すでに効力を失っている前記F商事との間の和解調書正本につき執行文付与の申請をし、同裁判所書記官補Fをその旨誤信させて執行文の付与を受けた上、同月26日頃大阪地方裁判所属執行吏Mに対しても、前示各事実を秘してその執行文を提出し、同執行吏を書記官補同様誤信させ、そのころ同執行吏をして同家屋に対する強制執行(以下、第二の強制執行という)をなさしめ、Kの占有下にある同家屋をF商事の占有に移転させてこれをKから詐取した
という事実を認定しました。
第―審判決のほか、第二審判決においても、上記事実は詐欺罪に該当するとしました。
しかし、最高裁判決(昭和45年3月26日)において、最高裁の裁判官は、
- 詐欺罪が成立するためには、被欺罔者(欺かれた者)が錯誤によってなんらかの財産的処分行為をすることを要するのであり、被欺罔者と財産上の被害者とが同一人でない場合には、被欺罔者において被害者のためその財産を処分しうる権能または地位にあることを要するものと解すべきである
- これを本件についてみると、2番目の強制執行に用いられた債務名義の執行債務者は、あくまで被告人Aであって、Kではないから、もとより右債務名義の効力がKに及ぶいわれはない
- したがって、本件で被欺罔者とされている裁判所書記官補および執行吏は、なんらKの財産である本件家屋を処分しうる権能も地位もなかったのであり、また、同人にかわって財産的処分行為をしたわけでもない
- してみると、被告人らの前記行為によって、被告人らが本件家屋を騙取(詐取)したものということはできないから、前記第一審判決の判示事実は、罪とはならないものといわなければならない(もっとも、記録によれば、被告人両名はあらかじめKの占有に属する本件家屋に泊まりこみ、あたかも被告人らがこれを占有しているかのように装い、情を知らない執行吏をして同家屋に対するAの占有を解いて被告人らと意を通じたF商事に引き渡す旨の強制執行をなさしめたことがうかがわれ、右行為は、不動産の侵奪にあたることが考えられるけれども、昭和35年法律第83 号による不動産侵奪罪制定以前のものであるから、同罪による刑事責任を問うこともできない)
- そうすると、本件において詐欺罪の成立を認めた第一審判決は、法令の解釈適用を誤り、罪とならない事実について被告人両名を有罪とした違法があり、これを看過した原判決もまた違法といわなければならない
と判示し、第一審、二審判決を破棄し、詐欺罪は成立しないとして、被告人らに無罪を言い渡しました。