刑法(横領罪)

横領罪(47) ~横領行為の類型⑧「委託金の預金、預金の引出し・振替による横領罪」を判例で解説~

 横領行為の類型は、

①売却、②二重売買(二重譲渡)、③贈与・交換、④担保供用、⑤債務の弁済への充当、⑥貸与、⑦会社財産の支出、⑧交付、⑨預金、預金の引出し・振替、⑩小切手の振出し・換金、⑪費消、⑫拐帯、⑬抑留、⑭着服、⑮搬出・帯出、⑯隠匿・毀棄、⑰共有物の占有者による独占

に分類できます。

 今回は、「⑨預金、預金の引出し・振替」について説明します。

委託金の預金、預金の引出し・振替による横領罪

 他人から管理を委託されている金銭を自己の管理する口座に預金することや、他人から管理を委託されている口座の預金の引出しや振替を行えば、横領罪となります。

委託金を自己の管理する口座に預金することによる横領

 委託金を自己の管理する口座に預金することによる横領行為について、参考となる判例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和31年2月25日)

 受託者が遅滞なく委託者に引き渡すべき委託金を、自己名義で預金した場合には、特段の事情がない限りこれを横領したものと認められるとしました。

 裁判官は、

  • 被告人Aが、300万円をAの代表するJ株式会社名義をもって、株式会社C銀行に預金し置くにつき、首肯し得べき特段の事情を発見することができないから、被告人Aは、Gのため自己が保管中の300万円を自己に不正に領得する意思をもって、ほしいままにJ会社名義にて株式会社C銀行D店に預金し、これを自己に着服横領したものであるというべきである

と判示しました。

【参考事例】預金による横領罪の成立が否定された判例

 預金がもっばら委託者本人のためになされたと認められる場合には、不法領得の意思を欠くことになり、横領罪の成立が否定されます。

 参考となる判例として、次のものがあります。

最高裁判決(昭和33年9月19日)

 いわゆる納金ストの事案において、一時保管の意味で、形式上、自己名義の預金としたにすぎないときは横領罪は成立しないとしました。

 裁判官は、

  • 本件納金ストを実施するに当たっては、組合側は、銀行に対し、納金スト実施の経緯を説明し、争議解決後は、直ちに、預金を電力会社に返還すること、また、争議中は預金の引き出しは一切これを行わないことの条件で、すなわち、電気料金を一時保管の意味で、A分会執行委員長B名義で預金したい旨を申出た事実、組合側はC配電局における会社側利益代表者に対し納金ストを実施している旨を何回となく伝えているという事実、本件預金が従来会社と取引関係のある銀行になされていた事実、会社側がいわゆる業務命令を発するや、組合側においても、納金スト中止指令を出し、本件預金はそのまま全額が会社口座に返還せられるに至った事実が認められる
  • よって、原判決が、本件につき、被告人らに不法領得の意思がないものと判断したのは相当であり、本件が労働争議の手段としてなされたとの一事をもって、直ちに、被告人らに不法領得の意思があったものと推断することはできない

と判示し、横領罪の成立を否定しました。

管理を委託されている口座の預金を引き出すことによる横領

 他人から管理を委託されている口座の預金を、委託の趣旨に反して引き出す行為は横領罪となります。

 参考となる判例として次のものがあります。

大審院判決(大正8年9月13日)

 この判例で、裁判官は、

  • 村長が職務上自己の保管に係る村の基本財産にして銀行に預け入れ在りたる金員を、自己において、ほしいままに使用する目的の下に、払戻しを受けたるときは、刑法253条の罪を構成するものとす

と判示し、預金の払戻し行為について、業務上横領罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和59年11月6日)

 この判例は、手形の取立を依頼されて行い、受託者名義の銀行預金口座に振込入金された金銭を引き出して領得した行為について、横領罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 被告人は、特定された金銭を保管していたわけではないから、「他人の物」を占有していたとはいえないと主張する
  • しかしながら、S銀行M名義の普通預金口座に振込入金された260万円は、被告人がYから取立を依頼された約束手形11通のうち、昭和58年8月1日に満期の約束手形か決済されて、その手形金が被告人の管理にかかる普通預金口座に振込入金されたものと認められるが、手形債権の取立を委託された者が取り立てた金銭は、直ちに委託者たる手形債権者の所有に帰属するものと解されるし、決済された手形金が、受託者の管理にかかる銀行の預金口座に振込入金された場合には、受託者において、右預金中手形金相当の金額を、委託者のため預り保管しているものと認めるのか相当であるから、前記町田昌彦名義の預金口座に振込入金された260万円のうち、Yとの約定に基づき被告人が報酬として取得した60万円を除く200万円は、被告人が生沼のため保管する「他人の物」であるということができる
  • M名義の普通預金口座に振込入金された260万円のうち210万円(被告人がYのため預り保管中の200万円を含む)は、昭和58年8月2日被告人が普通預金払戻請求書を作成提出することにより払い戻されて、同日、被告人の経営する株式会社T産業のS銀行に対する借受金債務の返済に充てられたことが認められる
  • してみると、被告人は、自己の用途に供する目的で、ほしいままに預り保管中の他人の預金の払い戻しを受け、着服したものであって、これが横領行為にあたることは明らかである

と判示しました。

大審院判決(大正9年3月12日)

 この判例は、他人に交付するために預かった保証金を、委託者の了解を得て、一時保管の方法として自己名義で預金していたが、委託者に無断で払戻しを受けて自己の用途に費消する行為について、横領罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 被告は、甲より乙に交付すべき保証金を預かり、その交付方の委託を受け、一時保管方法として、被告の名義をもって、銀行に当座預金として預け入れたる場合においては、被告は何時にて随意に該預金の払戻しを受けることを得べく
  • 而して、甲が当座預金を認容したるは、一時の保管方法として、これを認容したるに過ぎざるときは、甲と被告との間には、依然、委託関係存続し、該預金は、被告において、これが払戻しを受けるも、被告の有に帰すべきものにあらず
  • 従って、被告は、委任実行のため、これを乙に交付するか、又はその必要なきに至りたるときは、これを甲に返還するのほか、ほしいままに他に処分することを得ざるものにして、被告がこれを自己の用途に費消したるときは、横領罪を構成するものとす

と判示しました。

管理を委託されている口座の預金を、他の口座に振り替えることによる横領

 保管中の他人の預金を、不法に領得する意思をもって、他の預金口座に振り替えた場合、預金に対する占有を認めない立場からは背任罪が成立するにすぎないことになりますが、預金を横領罪における「自己の占有する他人の物」と認める以上、横領罪が成立すると解されています。

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